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第178話 稀少の賜物

「君は特待生のアリス・バートレットさんじゃないか。癒しの賜物(カリスマ)が使えるんだって? すごいなあ」


 フェデリコからの賛辞に、アリスは会話のスポットライトが自分に向いたことに戸惑いを隠せず、遠慮がちに微笑んだ。


「いえ、私なんて、たまたま賜物(カリスマ)が使えただけの普通の街娘ですよ」

「いやいや、癒しの賜物(カリスマ)って、国に一人いるかいないかってくらい稀少なんだよ。そんな謙遜しないで」


「なに!? アリスってそんな稀少な賜物(カリスマ)持ちなのか?」


 稀少と聞いたマティアスは、目の色を変えて身を乗り出す。

 何を考えているのか、マティアスは興味深そうにアリスの愛らしい顔から滑らか肩、しなやかな腕をなぞるように見つめている。


 その間、アリスは戸惑いと羞恥に頬を染め、身動きひとつ取れずにいた。

 観察を終えたらしいマティアスはそっと一歩踏み出すと、誘うように耳元で囁いた。


「なあ、アリス。アンタ、戦うのは得意か? よかったら、俺と一戦交えてみない?」

「いえ、私は治癒はできますけど、戦うことはできません」

「そんなこと言わずに、ちょっとくらいさ、な?」


 突然のナンパではなく、バトルのお誘いに、アリスは面食らいながらも食い下がってくるマティアスに戦闘の経験がないことを必死で伝え続けている。

 流石に不憫に思ったらしいアヴェルが助け舟を出した。


「マティアス、彼女には戦う意志はないようだから諦めるんだ。初対面の女性にする会話じゃないぞ」

「ハハハ、大体いつも殴られるんだよなぁ」


 そういえば、御前試合の時もターニャに蹴りを入れられてたっけ。

 それが通常運転なのかとマーガレットが呆れていると、マティアスの視線が今度は自分に注がれていることにマーガレットは気付いた。


「なあなあ、だったらマーガレットはどうだ。初対面じゃないし、親父殿から強いって聞いたぞ。神殿をぶっ潰して、昔は『破壊魔令嬢』なんて呼ばれてたんだろ…………なあ、俺とバトルしない?」


 そんな「俺とお茶しない?」みたく、軽く言わないでほしいのだけど。

 それとお願いだから、ようやく忘れた私の黒歴史を掘り起こさないでちょうだいっ!


 マーガレットが文句を言い出す前に、クレイグがマーガレットを庇うように立ち塞がった。


「マティアス。残念だが、お嬢様は『例の御方』によって戦闘は禁じられているから戦えない」

「例の方って、ゼファー殿下?」

「ああ」

「うえぇぇ~っ、じゃあ仕方ないか……んじゃあ、またクレイグでいいや。俺とバトルしようぜ!」


 マティアスの少年のような爽やかなお誘いに、クレイグは目を細めてじっとりとした瞳を向けると食い気味に返事をした。


「嫌だ」

「即答かよ! アリスもマーガレットもダメなんだろ。クレイグ、俺と戦ってくれよ。強いヤツと戦いたいんだよ。御前試合から二年経って、強くなった俺の姿を見せてやるからさ……それともアレか、俺に負けるのが」

「断る! もうその手には乗らない」

「お~ねぇ~が~いだ~か~~らぁ~~っ」


 マティアスの駄々をこねる姿は無邪気な幼子おさなごのようで、諫めているクレイグは似ていない兄といったところだろうか。

 断固としてバトルを拒否するクレイグと、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるマティアスの両者は一歩も譲らない。


 そこに割って入ったのは、申し訳なさげに眉を寄せたアヴェルだった。


「クレイグ……そうなったマティアスは引き下がらない。すまんが、今日は頼まれてもらえないだろうか」

「しかし、アヴェル殿下。僕はお嬢様を屋敷へお送りしなくては」

「それだったら、代わりに俺がマーガレットを送ろう……マーガレットが良ければだが、いいかい?」


 突如、アヴェルから話を振られたマーガレットは、穏やかな微笑みを返す。


「ええ、それで構わないわ」

「アヴェル殿下がそこまで仰るのなら……わかりました。今日はマティアスのお守りを引き受けましょう」


 クレイグが譲歩したことがわかると、マティアスは諸手もろてを挙げて喜びを表した。


「やったー! 学園内に騎士隊の練習場があるんだぜ。行くぞクレイグっ」

「はぁ―――っ」


 マティアスにぐっと腕を掴まれたクレイグは、大きな溜め息を吐いて練習場へと連行されていく。すると、マーガレットはそっとクレイグに駆け寄った。


「クレイグ、怪我しないように気を付けて。馬車はまた向かわせるから」

「ありがとうございます。お嬢様もお気を付けてお帰りください」




 クレイグとマティアスを見送り、そろそろ井戸端会議ならぬ噴水会議を解散しようとしたその時、


「フェデリコ先生!」


 耳をくすぐるような、心地好い男性の低い声が中庭に響き渡った。


 振り向くとそこには、この紹介イベントで最後に登場する攻略対象者のラウル・アヴァンシーニが赤茶の髪を掻き上げながら、こちらに向かって軽やかに足音を響かせていた。


 ラウルとは、九年前のイグナシオお兄様のお茶会で会話を交わした以来だ。


 ラウルはマーガレットたちよりひとつ年上の二年生で、ローゼル学園の今年度の生徒会長を務めている。


 俺様キャラだけど、打ち解けると親身になってくれる頼もしい先輩で、アンナマリアという可愛らしい婚約者が、ラウルルートでは恋敵ライバルとして登場する。


「すみません、今年度の魔法科学部の予算についてなのですが――」

 ラウルは皆の視線が自分に注がれていることに気付き、顔を緩ませる。


「新入生の皆さん、入学おめでとう。これはアヴェル殿下、私の生徒会の代でアヴェル殿下を迎えられて大変光栄です。それとマーガレット・フランツィスカ嬢。 先日の劇場では私も婚約者と観劇していましたが、大変素晴らしい演目でしたね」

「お久しぶりです、ラウル・アヴァンシーニ様。わ、私も我を忘れて楽しみましたわ」


 ゼファーから婚約指輪をもらって大喜びした自分の姿を思い返し、ほろ苦い笑みをくちびるに浮かべるマーガレットだった。


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