第176話 紹介イベントは突然に
「ア、アヴィ――‼」
気付くとマーガレットは中庭中に響く大声で、今まさに噴水を通り過ぎようとしていたアヴェルを引き留めていた。
アリスの手をしっかりと握ったマーガレットは、噴水へと風のように駆け出した。クレイグもまた主の背を追い、足音を響かせる。
七色に煌めく噴水のほとりで静かに待っていたアヴェルは、幼馴染みの突飛な行動に首を傾げ、柔らかな口調で疑問を呈した。
「どうしたんだマーガレット、そんなに血相を変えて」
「えっ!? ど、どうって……」
キャラ紹介イベントを起こすために引き留めたとは言えないし……あ、そうだ。
「わ、私のお友達を紹介しようと思って……昔、街の教会で出会った女の子がいたと言ったでしょ? この子がその子なの」
「街の教会……ということは、君が癒しの賜物が使えるという、今年唯一の特待生のアリス・バートレットさんか」
するとアリスは深く礼をして、アヴェルに笑いかけた。
「はい、そうです。アヴェル第三王子殿下。私の名前を覚えていてくださって光栄です」
「君は有名だからね。困っていたら気をかけてやってほしいと、学園長からも言われている」
おお、さすがヒロインとメイン攻略対象者。
すでに仲良くなる旗が立っている。
このままいけば、アヴェルルートかしら。
私はアヴェルの婚約者じゃないし、二人の仲を邪魔するものは何も――
するとアヴェルは何かを思い出したように、静かに口を開いた。
「……ああ、そうだマーガレット。今度の学園の入学祝賀パーティのことなんだが、俺が君のパートナーを務めることになったよ。兄上から許可はもらっている」
「ええ、わかったわ……ってパートナー!? 私の?」
「ん、他に誰が君のパートナーを務められる? 君をエスコートした男は、もれなく兄上に手酷い目に合わされると思うが」
「あー、確かに」
あれ? ということはアリスはアヴェルをパートナーにできない……結局私が邪魔してるんじゃないの!
疲労の影を纏ったアヴェルは、憂いを帯びた紫色の瞳で虚空を見つめながら、ふぅと重苦しい息を落とした。
「それに俺としても、マーガレットがパートナーになってくれると助かる。入学式会場からこの中庭に来るまでのたった数分で、女生徒たちからパーティについて話を振られて困っているんだ」
「ふーん、つまり持ちつ持たれつってことか。確かにアヴェルが私以外をパートナーにした場合、言い寄られてそのまま結婚まで発展しそうだわ」
「くっ、それ以上はやめてくれ。気が重くなる」
「「……ふふっ」」
マーガレットとアヴェルは、息を合わせたかのように同じタイミングで笑い出す。それは長い付き合いのある幼馴染みだからこそ、成せるものだった。
アリスはそんな二人の様子を微笑ましく見守っていた。
「お二人は本当に仲が良いのですね」
アリスの言葉を受けたマーガレットは、曇りのない笑顔でにっこりと笑う。
「だって私たち、0歳からのお友達だもの」
「お母様が言っていたよ。子供の頃はいつも俺が泣かされていたって」
「もうっ、アヴィったら! 昔のことを掘り起こさないで。今は我が儘だって言わないでしょう」
幼馴染み、か。
何となく誰かさんの顔が浮かんだアリスは、目を伏せて静かに呟く。
「生まれた時からのお友達なんて私にはいないので、本当に素敵ですね」
アリスのしょんぼりと気落ちした顔が気になったマーガレットは、ある人物の名前を出した。
「アリスにもザザって幼馴染みがいるじゃない」
『ザザ』という名を耳にしたアリスは突然思いつめた表情をして、もの悲しげに目を細めた。
「最近、ザザから避けられているみたいなんです。街で見かけても、すぐにいなくなってしまって……昔はあんなに一緒にいたのに、ザザのことがわからなくなりました」
「まあ、そうだったのね」
確かザザは、アリスの傍にいたくて、学園二年生時にローゼル学園に編入してくる。そんなザザが、アリスを嫌っているなんてことは絶対にない。
ということはザザは――ズバリ思春期で照れているだけなのでは?
「ザザは大丈夫よ。今はちょっと……年頃なだけだと思う。もうちょっとしたら、またいつもどおり接してくれるようになるわ」
「マーガレット様……そうですよねっ」
くぅ~、アリスをこんな風に悲しませるなんて、ザザったらどうして思春期なんてこじらせてるのよっ!
その時だった。
溌溂とした元気の良い声を中庭に響かせ、男子生徒が背後から話しかけてきた。
「よお! お前らそんなところに突っ立って、楽しそうに何の話をしてるんだ?」
「「「マティアス」」」
その場にいたアリス以外の三人は、一斉に声の主の名を呼んだ。
眩むような黄金の短髪を風にそよがせ、日に焼けた手を気さくに振りながら、マティアスは親しげに駆け寄ってくる。
「よおよお! アヴェルにマーガレット、それにクレイグっと……こっちは?」
『恋ラバ』で一位二位を争う高身長のマティアスは、無遠慮にアリスを覗き込んでいる。身長が高いうえに、真っ直ぐな碧い瞳で凝視するマティアスには、どうしようもない威圧感があるのだが、アリスは物怖じすることなく礼をする。
「私はアリス・バートレットといいます。マティアス様」
「ふーん、アリスか。いい名前だな。俺はマティアス・グリンフィルドだ。こいつらとつるむなら、俺ともつるむことになるからよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
これでマティアスとの挨拶も完了。
ということは、マティアスルートの可能性も出てきたってことよね。
でもまだちょっと、ときめきが足りないような……。
あ、そうだ。アリスの長所をアピールしてみましょ。
マーガレットはアリスの肩に手を置くと、自慢げにマティアスに補足情報を提供した。
「マティアス、アリスは今年唯一の特待生なのよ」
「へえ、アンタがウワサの…………ふむふむ、ウワサで聞いた以上に、可愛いな」
おお~、初対面の相手に可愛いと来た!
さすがマティアスだわ。普通なら照れてしまうような台詞を、恥ずかしげもなく平然と言ってのけるのね。
直球すぎるマティアスの言葉に、アリスも頬を赤く染めて戸惑っている。
アリスってば可愛いなあ。どこかにスクショボタンないかしら。
しかしマーガレットは、アリスも直球タイプだということを知らなかった。
アリスはまるでマティアスに対抗するように、ぐっと拳に力を入れると力強く言い放つ。
「あの、私はマーガレット様のほうがお綺麗で可憐で、それでいて優しくって、とっても素敵だと思います‼」
アリスの熱意のこもった宣言に、その場に居合わせた全員が一瞬にしてどよめきに包まれた。
中でも驚愕したのは、大絶賛された本人のマーガレットだった。
ちょ、ちょっとアリス!? どうしてそこで私がでてくるのよ。
しかし、マティアスも負けてはいない。
「ん? もしかして……あんた、マーガレットに気があるのか? ……ってことは俺は遠回しにフラれたってことか、フハハッ」
「そ、そそそ、そういうことではっ」
マティアスの予想外の返しに、アリスはまたも顔を赤らめて恥ずかしそうに俯くのだった。