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第174話 第2部まとめ『2つの指輪』

 ローゼンブルク城内の一角に、まるで翡翠のように豊かな緑広がる中庭を持つ翡翠宮がそびえ立っている。

 その緑のヴェールに包まれた中庭で、白亜のワンピースの制服を(まと)った私、マーガレット・フランツィスカは舞姫のようにくるりと身を翻した。


 長いスカートは足元で揺れ、胸元の紅色のリボンは鮮やかに、マーガレットはある人物へとぎこちない笑みを振りまく。


「い、いかがでしょうか。ゼファー様」

「ああっ、すごく可愛い……もうこのまま、翡翠宮に閉じ込めてしまいたいくらいだ!」


 昂りを抑えきれず、ゼファーは椅子から身を起こすや否や、マーガレットの手を取って胸元へと力強く抱き寄せる。王族の証であるゼファーの紫の瞳は、マーガレットの姿だけをこの世のすべてとばかりに見つめていた。


 いきなり監禁宣言をしたこの御方が、私の婚約者のゼファー・ローゼンブルク。

 こう見えても、ローゼンブルク王国の王太子である。


 ちなみに、この婚約は王命で結ばれていて、婚約を拒否すれば私もフランツィスカ家も反逆罪に問われてしまう。


 そんな首輪のような恐ろしい王命に関与しているであろうゼファーは、マーガレットの頭に顔を寄せ、甘えるように頬を擦りつけた。


「マーガレット。君のその可憐な姿を他の男たちに見せるなんて、本当に嫌だ。ねえ、今からでも学園に通うのはやめにしないか? 僕がここで、二年間みっちりと勉強を教えてあげるよ」


 相変わらずの執着深さに戦慄を覚えたマーガレットは、身体を強張らせる。


 そ、それだけは絶対に嫌よ!

 この世界に転生したと記憶を呼び戻したその日から、憧れのローゼル学園に通うことをどんなに楽しみにしてきたことか……。


 ゼファーに悟られないよう気を配りながら、声を震わせたマーガレットはやんわりとした拒絶の言葉を探した。


「えっと、それは……ゼ、ゼファー様にご迷惑ですからご遠慮いたします。明日はもう、入学式ですし」


 そう、明日はついにローゼル学園の入学式なのである!


 そして今日、私が翡翠宮を訪れた理由なのだが、入学式前にゼファー様に私の制服ファッションショーを催しにきたのだった。うん、意味がわからないわよね。


 実はその前に、ゼファー様が入学式に参加すると言って大騒ぎする事件があったのだけど、そこは長くなるので割愛して、ゼファー様の側近・ミュシャの提案でこのファッションショーで折れてもらったのだった。

 なんでも生徒よりも先に、私の制服を見ることが重要であるらしい。


 悩める表情のマーガレットに惹かれたのだろうか。

 ゼファーは唐突に、マーガレットのくちびるへと狙いを定めて火照った顔を近づける。


「……っ!? ゼファー様、それはっ」


 叫びにも似た驚きの声とともに、マーガレットはゼファーのくちびるを軽やかに躱す。マーガレットの瞳は、信じられないとばかりに言葉にならない抗議を訴えかけている。


 しかし、愛しき婚約者の訴えに悪びれることもなく、ゼファーは紫の瞳を細め、柔らかく微笑んだ。


「そうだった。マーガレットの『初めてのくちづけ』は僕との大切な結婚式に取っておくのだったね」

「……はい、そのとおりですわ」


 心を見透かされぬよう、マーガレットは愛想の良い微笑みを貼り付ける。その笑顔の仮面の下で、マーガレットは冷や汗を掻いていた。


 実は二年前、私は従者のクレイグと『初めてのくちづけ』を交わしている。

 事故だったとはいえ、私はその出来事をきっかけに、クレイグへの淡い恋心を花開かせてしまったのである。


 ゼファーの腕の中にいるマーガレットは、ゼファーの肩を隔てて、後方で控えているクレイグを盗み見た。クレイグは真紅の瞳でどこか一点を見つめ、もの言いたげに眉をひそめて佇んでいる。


 するとマーガレットの眼前に、ゼファーの整った顔が唐突に現れる。

 ホワイトゴールドの前髪を揺らし、異様なまでに開いた瞳孔がこちらを覗いていた。その視線に射抜かれると、マーガレットの背すじを嫉妬に狂った蛇が這いずるような感覚が全身を巡り、ただただ恐怖に凍りつく。


 ゼファーは耳元で、ねっとりとした低音を響かせる。


「ねえ、何かおかしなこと考えてない? まさか……他の男のことを考えていたり、しないよね?」


 身も(すく)むような戦慄の闇に、マーガレットは小刻みに声を震わせる。


「ま、まさかっ……そんなはず、ありませんっ」


 そう、私がクレイグに好意を持っていると嫉妬深いゼファー様に知られてしまったら、クレイグがどんな残酷な仕打ちを受けるのか、考えただけでも末恐ろしい。


 目を逸らすことなく、阿修羅の如く顔付きで詰め寄るゼファーに寿命が縮む。

 しかし、それが夢幻だったように、ゼファーは強張った顔を唐突に緩ませた。


「あは、怖がらせてしまったかな。そんなに震えて……冗談だよマーガレット」


 マーガレットの左手を取ったゼファーは、薬指を飾る指輪に愛を囁くようにくちづけを落とした。国に数個しか存在しない稀少な宝石の指輪は、愛を充填したように紫色にキラリと輝くのだった。



 マーガレットの制服姿を穴があくほど愛でていたゼファーは、溜め息まじりに本音を漏らす。


「いいなあ……僕ももう一度、学園に通おうかな」


 私の入学は阻止しようとするのに、自分は入学って……。


 ゼファーの言動にマーガレットが白目を剥いていると、束ねた長い金髪を尻尾のようになびかせた側近のミュシャが、援護するようにつらつらと言葉を連ねる。


「ゼファー殿下、あまり無茶を仰らないで下さいませ。ご公務が立て込んでいて、学園に通うヒマなどありませんでしょう」

「もちろん承知している。でもマーガレットと学園に通う夢を見るくらいはいいだろう」


 不機嫌そうに口を尖らせたゼファーは、ミュシャを睨みつけている。

 しかしすぐに、夢見る乙女のように顔を綻ばせた。


「でも学園を卒業したらついに結婚かと思うと、この長い二年間も我慢できるよ」


 この二年間の学園生活を終えると、私とゼファー様の結婚式が待っている。


 私の第一目標は、ゲームの悪役令嬢マーガレットのように幽閉エンドを迎えないこと。


 でも、最近思うの。

 幽閉とゼファー様との結婚って、どっちがマシなのかしら。

 高らかに監禁宣言もされてしまったし、幽閉が監禁に替わっただけなのでは?


 一抹の不安を覚えながら、マーガレットは翡翠宮をあとにした。



 ★☆★☆★



 その夜、マーガレットの私室にて。


 湯あみを済ませ、寝間着に身を包んだマーガレットは退室するクレイグたちを見送ると、糸で引き寄せられるように『ある物』へと駆け寄った。


 ある物とは、トルソー(マネキンのようなもの)だった。

 制服を着用したトルソーを眺めては不気味なほど顔を緩ませ、「むふふふふ」と令嬢にあるまじき声を漏らしている。


 この白亜のワンピースの制服。本当にゲームの通りだわ。

 憧れの制服を着て明日からローゼル学園に通うなんて、本当に夢のよう。


 この制服を目にすると、浮かぶのは『恋ラバ』の主人公(ヒロイン)のアリスのことだ。

 六歳の幼かったあの日、数奇な巡り合わせで私はアリスと出会い、未来での再会を誓い合った。

 

 明日、ついにその日が訪れる。

 きっと素敵なヒロインに成長しているんだろうな、ふふふ。


 その時だった。


「何をそんなに薄気味悪く笑っているんですか?」


 背後からの低い囁きに、マーガレットはすぐさま踵を返す。そこには、クレイグが疑心に満ちた表情を浮かべて佇んでいた。


 予想だにしない事態に、幽霊でも見たかのようにマーガレットは声を裏返す。


「く、クレイグっ!? あれ、もう戻ったんじゃ……」


 すると、クレイグは大切に手に持っていた紅色のリボンを差し出した。


「このリボンにアイロンを掛けてきました。少しシワが寄っていましたので」

「そっか、制服の……ありがとう」


 紅色のリボンをテーブルの上に置いたクレイグは、一応とばかりに念を押す。


「興奮しすぎないようにお願いしますね。明日、寝坊したら大変ですから」

「クレイグこそ。明日から従者だけじゃなく、私の同級生でもあるのだから寝坊しないでね」


 同い年のクレイグも、私の従者として共に学園に通うこととなった。


 クレイグと同級生。

 一緒に登校したり、授業でペアを組んだり、もしかしたらダンスパーティで踊ったりとか……ほんの一瞬、想像を巡らせただけで、身体の内側が熱を覚え、脈打つように高ぶっていく。


「どうしたんですか、お嬢様。顔が赤いですよ」


 学園生活のあれこれを夢想したマーガレットの目と鼻の先には、クレイグの心配した顔が広がっていた。

 そしてどうしたことか、クレイグはそっと顔を寄せ、二人の額はぴたと触れ合い、二人のシルエットはひとつに溶け合う。


 えっ、ク、クレイグ!? これはどういう……?


 心がざわめく。

 クレイグの吐息は触れるほど近く、緊張で思わず息を呑んだマーガレットは激しい胸の鼓動に動揺を隠せない。


 あ、えっと、これは……キス、するの? 目を瞑ったほうがいいかしら。


 静かに瞼を閉じる。


 しかし実際は、クレイグは真剣にマーガレットの体温を測っていただけだった。


「ん、微熱があるでしょうか。ちょっと、待ってください。今、ショールを出しますから」

「え!? あ、そういうこと。あははっ……だったら大丈夫よ」

「でも風邪を引いてしまったら、お嬢様の待ちに待った入学式に参加できなくなるでしょう」


 そっか……クレイグは、私が入学式を楽しみにしていることを知っていて、気遣ってくれているんだわ。


 チェストからショールを出したクレイグは、ふんわりとショールを広げると、マーガレットを慈しむように柔らかく包んだ。


「ありがとう、クレイグ」

「はい、早めにお休みくださいね。それでは、おやすみなさい」

「ええ、おやすみなさい」


 ――パタンっ。


 扉の閉まった音ともに、マーガレットはショールをぎゅっと抱き締める。

 それはまるで、叶わぬ恋にそっと蓋をするようだった。




 クレイグの言い付けを守ろうと、マーガレットは静かに寝台へと足を向けた。

 しかしそこで『ある物』が頭をよぎり、踵を返して引き返す。


 ドレッサーの片隅に置かれたジュエリーボックスの中、大切な物を収める秘密の引き出しから、マーガレットは愛おしげに『キラリと光る何か』を取り出した。


 それは銀色の、よくあるお菓子の包みで作った指輪だった。


 その銀色の指輪をマーガレットは丁寧に左手の薬指に嵌め、愛しそうにくちづける。


 数週間前、クレイグが私の左手薬指に託したこの指輪。

 クレイグがどうしてこの指輪をくれたのか、この指輪にどんな意味があるかは、私には想像もつかない。もしかしたら、冗談でくれたのかもしれないし……。


 それでも、この指輪を身に付けていると心が安らぎ、恐い夢も見なくなった。


 明かりを消し、寝台に横たわる。

 私はこの指輪を着けて、今日も穏やかに眠る。

 月明かりで仄かに青白く光る指輪に、もしかしたら在るかもしれない未来を重ね、私は瞼を閉じ、夜の帳へと身を委ねる。


 しかしその片隅では、ゼファーの贈った婚約指輪が睨みを利かせるようにギラリと光っていた。



 マーガレットの運命を決める二年間が、今始まる――




お読みいただきありがとうございます。


これにて第2部終幕でございます。

ここまで読んでくださった方々には感謝が尽きません。

そしてブクマや評価、リアクション、感想をくださって、本当に励みになっております。


第2部終幕と同時に、サブタイトルを『~執着王太子様。幽閉も監禁も嫌なので、私は従者と運命の恋を!~』に変更しましたのでご報告です。



さて第3部についてです。

まず第3部のタイトルですが、『星霜せいそうの学園編』に決定しました。

その名のとおり、ついに学園編がスタートします。


学園生活も始まり、

ゼファー様の執着から逃れられるかと思ったら、そんなに甘くはないようで……。

そしてクレイグとの恋愛模様は、進展するのかしないのか?


よろしければ、マーガレットの波乱を引き続きお楽しみください(*ᴗˬᴗ)⁾⁾

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― 新着の感想 ―
第2部完結おめでとうございます! ついに学園編… 何も無ければ幽閉されないだろうけどゼファー殿下がなんかやるんだろうなぁという謎の安心感(?)がある そしてすみません元々のヒロインアリス氏。 今の…
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