第17話 ザザの告白
「………………はあぁぁぁぁぁっ/////」
見ず知らずの、それもいけ好かない貴族の少女にアリスへのほのかな恋心を見透かされ、ザザは素っ頓狂な声を出して顔を赤く染めた。
その行動だけでイエスの返事のような気もしたが、マーガレットの翡翠の瞳は真剣そのもので、アリスのために「大好き」と言えと訴え、いや脅している。
貴族女に言われるのは癪だが、ア、アリスのためだ。
あの貴族女に「大大大好き」と言えて俺に言えないはずがない。
ザザは震える口を一生懸命に動かした。
「………すっ…ぃ…だ」
「……ん? 聞こえないわ。もっと大きな声で」
「んなっ、だ…だだからぁ………が……ぃで…ひしゅ………だって」
二度目のザザの告白も、震えるくちびるが言うことを聞かず、もごもごと口ごもってしまってマーガレットとアリスにはよく聞こえなかった。
しかし、ザザの近くにいたクレイグにはギリギリ聞こえていた。
「え―――、コホン。ザザさんはアリスさんのことが世界で一番大好きだと言っています」
「あ゛ぁ⁉ ちょ、おまっ……」
きちんと告白できなかった自分への不甲斐なさと代弁された恥ずかしさのあまり、ザザは照れ隠しでクレイグに向けてお得意のガンを飛ばしたが、そこに透明な壁でもあるかのようにクレイグはケロリとしている。
そんな二人の様子を見ていたアリスは自然と笑みをこぼす。
「ふふっ、ありがとうザザ。私も大好きよ」
「ふぇっ……ア、アリス!!? ……へ、へへふぇ~」
嬉しさのあまり有頂天となったザザは、その後数週間笑顔で過ごしたという。
そのおかげで、同じ孤児院の子供たちからは気味悪がられることになったそうだ。
アリスも落ち着きを取り戻した頃。
聖セティア教会の前でマーガレットとクレイグは、アリスとザザとの別れを惜しんでいた。泣きはらして赤くなった瞼が嘘のように、アリスは幸せそうに微笑んでいる。
「マーガレット様……その、いろいろとありがとうございました」
「元気が出たみたいでよかった。やっぱりアリスには笑顔が似合うわ」
「マーガレット様のおかげです。こんな素敵なリボンまでいただいて本当にいいのでしょうか?」
「えぇ、もちろんっ。アリスに使ってもらえるならそのリボンも本望だと思うわ」
「マーガレット様にそう言ってもらえてすごく嬉しいです。一生の宝物にしますね」
「ふふ、宝物にして仕舞い込まないでリボンとしてどんどん使ってね。そのほうが私もリボンも嬉しいから………それじゃあ、名残惜しいけどそろそろ帰るわね」
「……はい、お元気で」
何か言いたげなアリスの声色にマーガレットは後ろ髪を引かれる思いだったが、どうにか振り切って一歩踏み出した――その瞬間。
「マーガレット様!」
大きな声を出して駆け寄ってきたアリスは、マーガレットの手を優しく手に取る。
「どうしたのアリス?」
「……あの、このリボンは…………亡くなったお父さんとお母さんからの誕生日プレゼントで、私にとって大切な、お守りみたいなものなんです。そのリボンがちぎれたのを見て、まるで私とお父さんとお母さんとのつながりまで切れてしまったような気がして……」
「そう、だったのね……」
マーガレットはアリスの震えた手を優しく握り返した。
私の知っている恋ラバのヒロイン・アリスは両親の死を乗り越え、おじさんとも本当の親子のように仲良くなった十六歳のアリス。
でもそれは、十年という長い時間をかけてアリスが得たかけがえのないものだったのだ。
ここはゲームの世界と似てはいるけれど、ゲームじゃない。
この地に生きる人にとってはこれが現実。
泣いたり笑ったり怒ったり、心だって傷つく。
そして、私もこの世界の一部になった。
……だったら私も『悪役令嬢』というレッテルなんてびりびりに破り捨てて、マーガレット・フランツィスカとして精一杯生きなきゃね。アリスのおかげでとても大事なことに気付けた気がする。
「ありがとうアリス」
「そんな…感謝するのは私のほうです。私、お父さんとお母さんがいなくなって自分はいらない子だと思うようになってしまって……おじさんはとっても優しいけど、お父さんでもお母さんでもなくて……嫌われないようにいい子にしなきゃって思っていたんです……でも、マーガレット様の言葉で無理にいい子でいる必要はないと気付きました。これからはいい子でいようとしないで、自分にとって何が大事かで考えようと思います。だから、感謝するのはやっぱり私のほうなんです!」
「ふふ、じゃあ私たち、お互いを助け合えたということね。それが一番嬉しいわ」
「あの……」
「ん? どうしたの?」
「私、マーガレット様とこれでお別れしたくないです。どうしたらマーガレット様と一緒にいられますか?」
空色の瞳をキラキラと輝かせたアリスに一同は驚いた。
ある悪役令嬢は歓喜に包まれ、ある従者は不覚にもポーカーフェイスを崩し、ある幼馴染みは強いショックを受けてたじろいだ。
身分は隠してはいるが、貴族であることがバレバレのマーガレットに平民のアリスがまた会うということは、使用人にでもならないかぎり正直難しい。
アリスはそれを分かった上で「また会いたい」と申し出ている。つまりアリスは「あなたの下で働いてでもいいから近くにいさせてください」とマーガレットに告白したようなものなのである。
マーガレットには、アリスの好感度がうなぎ上りする音がピコーンと聞こえた気がした。
ぐぉはっ! アリスったら可愛すぎりゅっ。