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第168話 永遠を誓う鎖

 クレイグは、ミュシャのことを風変わりで面白い人物だと思っている。


 ミュシャはゼファーの従者というわけではなく、いわゆるゼファーの右腕、参謀で将来の宰相候補だ。そして、若くしてミュシャ・ヴァレンタイン伯爵という、気高き爵位まで授かっている。


 それなのに、ただの使用人のクレイグやターニャのことを、弟や妹の面倒をみるように分け隔てなく接してくれるのだ。


 本来なら呼び方も『ミュシャさん』ではなく、『ヴァレンタイン卿』と呼んで敬意を示すべきなのに、


「同僚にそんな真似されたくないから『ミュシャさん』と呼んで頂戴。仰々しい話し方もやめて」


 と崩した話し方をしてほしいと、願うような人物なのである。


 そんなミュシャだからこそ、元気のないクレイグの、ちょっとした変化にもすぐに気付いたのだろう。

 ミュシャの探るような視線から目を逸らしたクレイグは、落ち込んだ気持ちを隠すように素っ気ない返事をした。


「別に元気がないわけではないです。少し疲れただけですよ」

「強がっちゃって、クレイグ君たら可愛いんだから……まあ、聞きなさいな」


「聞きなさいな」と言ったのに少し間を置いたミュシャは、ぬっとクレイグを覗き込むと真剣な顔つきで語り出した。


「もしゼファー殿下があの指輪を普通に渡したとして、マーガレット様はお喜びになると思う? 絶対にならないでしょ! 殿下は気付いていらっしゃらないけど、マーガレット様は殿下といる時によく怪訝な顔をなさるわ。

最近は隠しもしないじゃない。まあ……殿下が悪いとは思うのよ、私も」


 ミュシャの言動からクレイグはある結論に達し、力なく肩を落とした。


 ああ、ミュシャさんの言いたいことはわかった。

 普段は気付かないゼファー殿下でも、あの指輪の反応は気にするだろうと。

 そう、わかっていた。気付いていた。

 なぜならきっと、あの指輪の意味するところは――。


「もし『婚約指輪』で嫌な顔でもしてみなさいよ。なぜ喜ばないんだって、マーガレット様に詰め寄って、今以上に束縛するかもしれないじゃない。

そしてマーガレット様は嫌がって……そうなったらもう負のループ!

ローゼンブルクの未来はお先真っ暗っ‼ 私はそれを止めたかったの」


 クレイグは押し黙って、ミュシャの声を聞き流すことしかできなかった。

 心の(おり)を吐露するように、ミュシャは言葉を重ねる。


「私だってブルックに下げたくない頭を下げて、演出まで頑張ったんだから…… もちろん、あなたにとってはいい気はしなかっただろうけど、殿下とマーガレット様の関係が、今より悪くならないだけマシと思って切り替えてちょうだい」


 ぷりぷりと怒って熱くなっているミュシャを見て、別に僕の気持ちなんて気にしなくていいのにとクレイグは思っていた。

 しかしミュシャのお察しの通り、指輪を受け取って顔を輝かせるマーガレットを見て、クレイグは素直に敗北を感じた。


 お嬢様の好きな俳優まで用意して、劇中のキーアイテムでプロポーズするなんて、そんな豪勢なプレゼントに僕の何が勝つというのか。


 たとえ、クレイグが贈ったコンパクトミラーを愛用するマーガレットを知っていても、底の知れない欲望がそれだけでは満足しないと耳元で囁いてくる。


 こんなドロドロとした汚泥のような感情とは別に、クレイグはミュシャに感謝の念を抱かずにはいられなかった。


 もし入学前のこの時期に、ゼファー殿下が怒り狂って執着心が強くなってしまったら、マーガレットお嬢様はローゼル学園に通えなくなるかもしれない。


 学園には令嬢だけでなく、子息も多く在席している。

 マーガレットの周囲に群がる男たちを、怒りのゼファーが許すとは到底思えなかったのである。


 ゼファー殿下には、気持ちよくお嬢様を学園へと送り出してもらわなければならないんだ。


 ローゼル学園に通うことを楽しみにしているマーガレットの笑顔が浮かび、クレイグは(くすぶ)る嫉妬は手で払って忘れることにした。

 ミュシャは、黙りこくったクレイグを心配そうに覗き込む。


「あら、黙り込んじゃってどうしたの?」

「いえ、ミュシャさんは参謀として優れているなと思っただけです」

「え!? あらヤダっ、褒めてくれるの?」

「お嬢様が平穏無事に学園へ入学できるとしたら、ミュシャさんの計画のおかげですね」


 先ほどまで紙のような薄っぺらい笑みを浮かべていたミュシャは、今度は照れたようにムフフと頬を緩ませる。

 ミュシャからのクレイグの株が上昇したところで、クレイグはしれっと告げた。


「演出までして拍手喝采の大成功だったのですし、宰相がダメでも演出家としてやっていけますよ」

「んなっ!?……ちょっとぉ~、せっかく褒めてくれたと思ったのに、本当につれない子ねえ」


 足を止めたクレイグは、ミュシャのニヤけが移ったように、にっこりと満足げに笑った。


「さあ、停車場に着きましたよ。さっさと馬車を手配して、お嬢様たちを迎えに行きましょう」

「そう、ね。ゼファー殿下も帰りはマーガレット様を送ると仰っていたし、さっさとやっちゃいましょ」



 その後は何事もなく馬車に揺られ、マーガレットは日付を跨ぐ頃、そっと家路についた。


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