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第167話 片割れの宝石

 楽屋へと案内された一同は、現在人気俳優ブルック・プディカスティと談笑中だ。劇に熱狂し、いまだ熱冷めやらないマーガレットとターニャは、ブルックからサインをもらっている。


 そして意外な事実が判明した。

 ブルックとゼファーとミュシャは、ローゼル学園の同級生だったそうだ。


 マーガレットがブルックのファンだと聞いていたので、今日のために『天翔ける指輪はかくも輝いて』の脚本を作り、ミュシャが演出をして計画を立てたということだった。

 つまり劇自体が、ゼファーがマーガレットに指輪を渡すために用意した物語だったということなのである。


 その観劇も、王太子が婚約者へ指輪を贈ったという宣伝効果も付いて、ぜひ自分もプロポーズをしたいという貴族からの依頼がすでにもう数件来ているらしく、大反響間違いなしだそうだ。



 劇について楽しく語っていると、ゼファーは申し訳なさそうにマーガレットに打ち明ける。


「実は、午後は指輪の渡し方の最終の打ち合わせをしていてね。それで迎えに行けなかったんだ。君をきちんとエスコートしたかったのだが、すまなかった」

「気にしないでください、ゼファー様。それに……こんな素敵な指輪をいただけただけで、私はもう天にも昇る気持ちなのですよ」


 劇中の鍵を握る指輪を憧れのブルックに()めてもらった感激で、興奮冷めやらないマーガレットは頬を赤く染めたまま、今までゼファーには見せたことのない花の綻ぶような笑顔で感謝を伝えた。


 そんなマーガレットの艶やかな笑顔に感極まったゼファーは、唐突にマーガレットを抱き寄せる。


「あぁっ、マーガレット。君はなんて愛らしいんだ。できるならこのまま君を連れ去って、どこかに閉じ込めてしまいたいよ」

「…………え?」


 ゼファーのひと言に、マーガレットはゾッと背すじを身震いさせて青ざめる。


 まさか、ゼファー様にも幽閉エンドがあるんじゃ……。

 幽閉? いいえ……か、監禁エンドとか。


 身の毛もよだつ予感がマーガレットの頭をよぎったが、話を聞いていたブルックがゼファーの肩を優しく叩いた。


「ハハハ。ゼファー殿下、そんなことをしたらマーガレット様が可哀相だよ。女性は自由でいてこそ、美しい花を咲かせるのだからね」


 ブルックも劇の時とはまた違う、派手過ぎない素朴な笑みを浮かべている。


 ブルックが自分を花に例えて美しいと言ってくれた喜びから、嫌な予感も不安も、すべてどこかに吹き飛んでしまったマーガレットだった。




 皆が談笑している中、クレイグとミュシャは劇場を出て、馬車を呼びに裏口の停車場へと向かっていた。


 この時期にしては外の風は冷たく、劇場の熱気が嘘のように身体が冷えていく。

 ミュシャは目を細めてにんまりとした笑顔を浮かべながら、少々落ち込んでいるクレイグに話をふった。


「あ、そうだ。あなたってとても素敵な懐中時計を持っているのね」

「はい、気に入っています」

「……特に、蓋を開けた時に見える宝石が、マーガレット様が大事にされていたピアスの宝石に似ていて綺麗ねえ」


 ピクッとクレイグの右眉が跳ねる。


 観劇中に、VIP席を追い出されたあの時、誰もいないと思って一度だけ懐中時計の蓋を開けた。


 ブルックさんには見られてしまったが、まさかミュシャさんにも見られていたのか?

 いや、ミュシャさんはターニャを別の観覧席へと連れて行ったはずだ。

 ということは、鎌を掛けられているのだろうか。

 ……とりあえず、少し様子を見てみよう。


「僕の時計の石は別の石ですが……」

「あら、そうなの? ブルックから聞いた感じだと色味も大きさも似ているように思えたけど、普段は蓋で見えないように隠してあるし……怪し~い」

「……何が言いたいんですか?」


 警戒したクレイグの冷たい返事に確信を得たミュシャは、感情の高揚とともに口角を上げると嬉々として語り出した。


「そんな偶然ってあるのかしら。レッドベリルって、確かとても稀少な宝石なんでしょう? マーガレット様も、片割れの石が付いたコンパクトミラーをいつも嬉しそうに眺めていらっしゃるものね。

『男』からもらったんじゃないかって、私の勘が言うのだけど、まさか……あなたなのかしら? 意外だわ」


 両者とも歩く速さは変わらず、会話は継続している。

 ミュシャはクレイグの反応を楽しむように笑顔は崩さず、揺さぶりをかけた。

 対するクレイグは、今度は眉を動かすこともなく冷静さを装っている。


 もし時計を見せろと言われたら、どうすればいい?

 そしてゼファー殿下に報告されてしまったら……。

 こちらがだいぶ劣勢だが、時計を失くしたとでも言ってシラを切るしかないか。


 たらりと垂れてきた冷や汗を素早く手で拭うと、クレイグは素知らぬ素振りで否定した。


「ミュシャさんが何を言っているのかわかりません」

「あら、そんなに身構えなくても殿下に告げ口したりしないわよ。別にそこまでする必要はないと思っているもの。

マーガレット様には、今は青春を謳歌(おうか)していただいたほうが、二年後に後腐れなく王家に嫁いでいただけると思っているし……第一、あなたはマーガレット様の立場が危うくなるようなことはしないでしょ?」

「当たり前です」

「ふふ、だから必要ないのよ。あなたのことを信用しているもの……

寧ろ、マーガレット様があの指輪を嬉しそうに受け取ってから、元気のないあなたのほうが心配だわ」


 ミュシャの発言を受けて、クレイグの真紅の瞳が素早く三度まばたきを繰り返す。


 すぐにクレイグの反応に気付いたミュシャは、獲物に狙いをつけた狐のように細い瞳をさらに細くして、にんまりと口角を上げていく。


 それは安易に、クレイグが図星を突かれたことを物語っていた。


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