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第162話 待ちぼうけのマーガレット

 このローゼンブルクの王都の中で、賑やかなサンノリゼ通りがあるのは貴族特区と市民街区の中間にあるマレン区という街区だ。

 そのマレン区の片隅の裏路地で、開店しているのか一見では判断できない薬店は、ひそやかに営業していた。


 その薬店の店先で、マーガレットはひとり佇み、クレイグの帰りを待っていた。


 なぜひとりで待っているのかというと、薬店のある地下へと降りるクレイグに付き添おうとしたら、「クセのある店主なので、ここで待っていてほしい」とクレイグに止められてしまったためだ。


 普段のマーガレットなら、湧き上がる好奇心からそれでも一緒に行きたいと頼み込んだだろうが、今日のマーガレットの好奇心はすでに別の物へと注がれていた。


 クレイグから贈られたコンパクトをじっくりと見たいという私欲な乙女心が、

マーガレットの好奇心をすでに占領していたのである。



 マーガレットは大事にしまっていた真新しいコンパクトを鞄から取り出すと、翡翠の瞳を星のように輝かせてまじまじと見つめる。


 コンパクトを持っている手を動かすと、白蝶貝で作られたマーガレットの花びらがオーロラのように白から緑、緑から赤、赤から紫と揺らめいていく。

 コンパクトの中心の赤いレッドベリルはクレイグの瞳のように赤く燃え、クレイグが近くで見守っているような安心感を与えてくれる。


 レッドベリルの石が懐中時計とコンパクトで対になっているのも、こっそりお揃いにしている二人だけの秘密のようでクレイグとのつながりを感じて、自然とマーガレットの口元は上がり、笑顔がこぼれていく。


 クレイグは誤魔化していたけど、このコンパクトの精密さや使用している材料から、オーダーメイドの代金はすごく高かったことだろう。

 下手したら、従者の給金の数年分とかじゃないかしら。

 そんな高価なものを私にプレゼントしてくれるなんて……。


 心のどこかで『もしかしたら』と期待する声がざわめき、それと同時にこれは叶わぬ何とやらだと意地悪な誰かが囁きだす。

 プレッシャーに耐えかねたマーガレットはふぅと息を吐いた。


 難しいことは忘れて、このコンパクトを肌身離さず持って大切にしよう。


 マーガレットがコンパクトを開くと、丸い鏡の中には金髪の眼鏡を掛けた見知らぬ街娘が映っている。


 そうだった。私、変装してたんだった。


 跳ねた前髪を直しながら、マーガレットは遠い過去へと思いを馳せる。


 こうして変装して街へ出かけたのは、六歳の時にアリスに会った日以来だ。

 アリスは元気にしているかしら。

 アリスと出会った聖セティア教会は、マレン区ではないので近くにはない。


 思えば、あの頃から私はいつもクレイグを振り回してばかりなのね。

 あの時は私のせいで誘拐されて、ゲーム開始前にあやうくバッドエンドを迎えるところだった。


 黙って屋敷を抜け出したのは、あの時以来。

 お母様はいまだに勝手に街に行ってはダメと言うけれど、もう私も十四歳だし、今度は事件に巻き込まれることなく、帰れるに決まって――



 その時、誰かがマーガレットに向かって手を振りながら近付いてきた。


「あ! いたいた~。通りで奇声を上げてた美人ちゃん。あれ、一人になっちゃってるけど……ま、いいか。ねえねえーそこの君、これから俺たちとどこか一緒に遊びに行かね?」


 流れるような誘い文句にマーガレットが顔を上げると、明らかにチャラ、遊びなれていそうな若い男たち四人がマーガレットのほうへと真っ直ぐ向かってきていた。


 マーガレットは周囲を見渡すが、周りには人っ子一人見当たらない。


 これって……私に話しかけてる?

 もしかしてナンパなのかしら。

 ナンパねぇ。

 ナンパなんて、あの誘拐された時に比べたら些細なことだわ。


 マーガレットは大事なコンパクトを鞄にしまうと、よそ行きの笑顔を貼り付ける。


「私、人を待っていますのでお断りします」

「ええ~、そんなこと言わずにさあ……っていうか、笑った顔も可愛いね、マジ好み」

「……すみませんが」

「俺ら超楽しいところ知ってるし。一緒に行こうよぉ~」

「ごめんなさい」

「ふはっ。『ごめんなさい』なんて可愛く謝られたら、甘やかしたくなっちゃうじゃんかぁ。だから行こ、ね?」

「………………」


 笑顔を貼り付けたマーガレットの頭の中は、いつの間にか苛立ちの嵐が吹き荒れていた。


 ――しつこい。

 ――――いい加減、しつこすぎやしない?

 何、この堂々巡りの会話は!?

「はい」って言わなきゃ先に進まないゲームの選択肢みたい。


 もう、こうなったら――


 表情を消したマーガレットは、男たちと視線を合わすことのないように下を向いて黙り込んだ。

 男たちはまだ何か言っているが、マーガレットは無言を貫いている。

 会話の放棄、つまり簡単に言うと無視である。


 マーガレットの態度の変化を瞬時に感じ取った男たちは、わざとマーガレットの視界に映り込むように、俯いたマーガレットの眼前に座り込んで下から覗き込むと、口々に喋り出した。


「そのお高くとまった態度さ~、貴族のお嬢様っぽくて感じ悪くね」

「人を待ってるって、男待ってんの? コンパクトでおめかししてたし、もしかして逢引き中?」

「うへ、マジで!? そんなヤツ放っておいてさ、俺たちと遊ぼうよ~」


 マーガレットが無視を決め込んだことで、四人の男たちは弾丸のように代わる代わる話しかけ、マーガレットの聴覚にとめどなく不快感を与え続けている。


 この人たち、諦めるつもりはないみたい。

 うーん……

 クレイグも戻ってこないし、移動しながら物理的に距離を置くしかない、か。


 目障り耳障りのダブルパンチでイライラの募ったマーガレットは、座り込んだ男たちを置き去りにして早足で歩き出す。


 しかし気付いた男の一人が、マーガレットの手首を掴んで阻止しようと試みる。

 マーガレットがその手を反射的に払いのけると、男は豪快に道路に転んで苦しみだした。


「いててててっ。手首が、手首がイダいいぃぃぃ」


「お嬢様のせいで、こいつ怪我したんじゃね!?」

「こりゃ手首の骨がイったかもな」

「これはお嬢様にたくさん癒してもらうしかないっしょ……どこか人気のないところで~ヒャハハ」

「言うこときいてくれたら、怖いことはしないからね~」


 マーガレットは男たちの滑稽な寸劇を大人しく見守っていたが、寸劇のスポットライトが自分に向いたことに気付くと、顔を歪ませた。


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