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第156話 サンノリゼ通り

「あれ、ターニャじゃないか。どこかに出かけるの?」

 元気の良い溌溂(はつらつ)とした少年の声が、マーガレットとターニャの行く手を(はば)んだ。


 少女二人は顔を見合わせ、瞬きしたターニャだけがゆっくりと振り返る。

 その声の主は――


「ビル! うん、マーお嬢様にお使いを頼まれて、これから街に出かけるところだよ」

「ああ、そうだったのか。忙しいところごめんよ……ところで、そっちの子は?」


 ゆっくりと近付いてきたビルは、金髪の少女に変装したマーガレットの顔を確かめようと、角度を変えながら覗き込んでくる。


 庭師見習いのビルは、中庭を散歩するマーガレットに何度も会ったことがある。

 いくら上手く変装できたとはいえ、真正面から見たら気付く可能性もあり、非常にまずい。

 マーガレットも顔を背けて対応しているが、そろそろ限界だ。


 すると、ビルの視界いっぱいにターニャが広がった。


「ビ――ルッ‼」

「うわぉ、ターニャ。びっくりした」


 突然飛び出したターニャに驚いたことで、ビルの意識がターニャへと切り替わった。ターニャは手を後ろに組むと、照れたような素振りで話し出す。


「この前のブーゲンビリアの花束、すっごく嬉しかった。ありがとうね」

「え、えへへ。ターニャに喜んでもらえてよかった」

「ブーゲンビリアの花を見るとね、ビルのことを思い出すようになっちゃった」

「え!? ……本当? だったらまたターニャに花のプレゼントをしてもいい?」


 ビルは鼻の下を伸ばして、すっかりターニャとの会話に夢中だ。

 その隙にマーガレットは足早に門の外に出て、ビルからはっきりと顔が確認できない場所まで距離を取った。


 マーガレットが離れたことを確認したターニャは、ひらりとスカートを翻しながら、ビルにとびっきりの笑顔を向けた。


「花束、楽しみにしてるね。あ、お友達が待ってるからそろそろ行くね。また話そうねー」


 手を振るターニャが見えなくなっても手を振り続けたビルは、ターニャとの会話の余韻に浸って顔をくしゃくしゃに緩ませている。


「はあー、ターニャと約束しちゃった。たくさんの種類の花束を贈ったら、僕のことばっかり考えてくれるようになるのかな、ふふ……あれ? そういえば隣の子って誰だったんだろう。メイド? 遠くからしか見えなかったけど、美人な子だったなあ」


 首を傾げるビルからどうにか逃げおおせたマーガレットは、ターニャとともに、急ぎサンノリゼ通りへ向かう。



 ★☆★☆★



 ターニャの案内のもと、マーガレットはついにサンノリゼ通りを訪れた。


 サンノリゼ通りは、元々は廃れた伽藍堂(がらんどう)の大通りだった。

 最近、区画整理で道路や建物が整備され、すっかり賑やかになった赤茶の煉瓦(れんが)が目印の市民街区の通りだ。


 市民街区の中でも、ショップやカフェなどの人気店が立ち並ぶ大発展を遂げたウワサの通りで、ターニャもずっと気になっていたらしい。


 通りは見渡すかぎり人、人、人でごった返していて、貴族がお忍びで買い物に来てもあまり目立たず、マーガレットの隠しきれないキラキラオーラもうまく隠蔽されているようだ。


 このサンノリゼ通りに来たのはクレイグを追跡するためなのだが、サンノリゼ通りの目移りするような誘惑に充てられて、マーガレットとターニャは当初の目的をすっかり忘れてしまっていた。


 サンノリゼ通りを観光客さながらにキョロキョロと見回したマーガレットは、楽しそうにターニャに話しかける。


「わあ~、何だかすっごくお洒落な場所ね」

「メイドのお姉さんたちが、サンノリゼ通りのお話してたからずっと気になってたけど、お嬢様と来られるなんてすっごく嬉しい」

「ふふっ、私もターニャと来られて嬉しいわ。そうだ、迷子にならないように手を繋いでおきましょう」

「わーい、そうしよう。あ、ねえねえ。あそこの屋台のお菓子美味しそうだよ」

「あら本当、ちょっと食べに……って、クレイグ!?」


 ターニャが指差した屋台の奥にある建物の前では、クレイグが謎の女性と話していた。


 マーガレットは大事なことを思い出す。


 そうだった。

 サンノリゼ通りが魅力的過ぎていつの間にか忘れてしまっていたけど、私にはクレイグが会う相手を突き止めるという、大事な使命があったんだわ!

 あの女の人が、手紙の差出人のルビーさんかしら?


 遠目からでも、赤褐色の髪色が美しい上品そうな大人の女性なのは確認できた。


「ターニャ、ごめんなさい。お菓子は後にして、クレイグとあの女の人を見張らなきゃ……あれ? ターニャ?」


 迷子にならないようにと、繋いでいたはずのターニャの手の温もりはいつの間にか消えていて、独りになったマーガレットは慌てて後ろを振り返る。

 するとそこには、『ある物』を携えて嬉しそうにスキップしているターニャがいた。


「お嬢様、このクレープとってもおいしいよ。お嬢様にはストロベリーチョコのヤツ買ってきた。はい、どうぞ」


 生クリームを口の周りに付け、モグモグと口を動かしているターニャは手に持っていたクレープをマーガレットへと差し出す。

 ターニャの行動力の早さに、マーガレットは声を出すことも忘れてクレープを見つめていると、ターニャが神妙な面持ちで付け加える。


「この辺りは手ぶらだと変だし、これ食べながら追跡したほうが自然だよ」

「あ、なるほど。それもそうね。ありがとうターニャ」

「えへへー、それで目標クレイグはどんな感じ?」


 クレープを受け取ったマーガレットとターニャは、クレイグから見えないように木の陰に隠れてクレープをほうばっている。


目標クレイグは三時の方向に移動して、あそこの建物のお店の前で女の人と談笑中よ。

一体何のお店って……不動産屋!? 不動産って……物件探し?

まさか、一緒に住むの? ど、どどど同棲(どうせい)ぃぃッ!!?」


 興奮したマーガレットの声は周囲に響き渡り、隠れて追跡どころか、周囲の人々が振り返るほど注目されてしまっている。

 その視線にも気付かないほど動転したマーガレットは、『同棲』という想像でしか知りえぬ大人な世界へと妄想を膨らませていた。


『同棲』って、男女が一緒に住んで、寝食を共にして…………

一体、何をどうするというのよ!?

 というか、十四歳のクレイグに大人の女性が迫るなんて、破廉恥だわっ。

 でももし、クレイグが望んだのなら、それで不動産屋に……あーだこーだ。


 マーガレットの妄想は止まることなく膨らみ続け、その横でターニャはクレープを食べながら、クレイグの行動を静かに見守っていた。

 するとターニャはあることに気付いた。


「あ、お礼して別れた。あれ、もしかして不動産屋に道案内しただけじゃない?」

「……え?」


 ターニャの言うとおり、手に地図を持った女性が深々とお辞儀をすると、クレイグは「気にしないでください」とばかりに会釈をして踵を返すと、軽やかな足取りで歩き出した。


 どうやら『同棲』というのは、マーガレットの勘違いだったようだ。


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