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第155話 屋敷からの脱出

 太陽の暖かな陽射しのおかげで寒さも和らぎ、時計のベルが午後の一刻を告げた頃。


 クレイグを追跡しようと計画していたはずのマーガレットは、どういうワケか

ソファに座って優雅にお茶を嗜んでいた。

 ターニャも澄まし顔で、お茶のおかわりをティーカップに注いでいる。


 二人は計画を諦めてしまったのだろうか?




 しばらくすると、マーガレットの部屋の扉がゆっくりと開いた。

 ターニャはティーセットの乗った配膳ワゴンを慎重に押しながら、廊下へと踏み出した。クレイグが午後から休みを取ったため、ターニャはひとりで職務をこなしている。


 するとターニャは、廊下にいるゼファー直属の護衛騎士に丁寧に一礼した。


「いつも護衛ありがとうございます。お嬢様は昨晩本を読まれて寝不足のため、仮眠を取るので起こさないでほしいとのことです」

「ああ、なるほど。了解しました」


 護衛騎士はいつものこととばかりに笑顔で了承した。

 ターニャは騎士にもう一度頭を下げると、そのまま使用人塔の貯蔵庫へと向かった。


 貯蔵庫へ到着したターニャは辺りをキョロキョロと見回し、耳を澄まして誰もいないことを何度も確認すると、配膳ワゴンを素早く二回叩く。

 するとワゴンのカーテンが開き、中から金髪の美少女がころりと転がり出てきた。


 少女はすくっと立ち上がると、思いっきり伸びをした。


「んん―――っ。やっとでられた。動かないでいるのって大変なのね。騎士にも見つからずにやり過ごせたかしら」

「マーお嬢様っ」


 ターニャは金髪の美少女に抱きついて、少女の胸元に頬ずりしている。


「ターニャ、ありがとう。あなたのおかげで上手くいったわ」


 翡翠の瞳を細め、ターニャの頭を優しく撫でているこの金髪の美少女、

なんとマーガレットなのである。


 マーガレットといえば派手な赤毛なのに、どうして金髪なのか。

 実は、屋敷の書庫室の棚にあった髪色を変える魔法薬をこっそり拝借して、髪色を変えたのであった。


 マーガレットの考えた作戦は――

『街娘のフリをして、クレイグに気付かれずに追跡しよう作戦』なのだ。


 普通に街に行けたら良かったのだけど、六歳の頃の誘拐事件から勝手に街に行くことは禁止されている。


 そのうえ私の行動は、護衛騎士によってゼファー様に逐一報告されてしまう。

お出かけの目的が『クレイグの追跡』だなんて、絶対にバレるわけにはいかない。

 だからって、配膳ワゴンに隠れて移動するとは思いもしなかったけど。


 一応、寝室に誰かが入ってきた時のことを考慮して、ベッドのシーツの中には服を積んで偽装してきた。

 普段の寝不足常習犯のおかげで護衛騎士も簡単に騙せたし、きっと大丈夫よね。


 あとはクレイグを追いかけて、例の手紙の相手・ルビーの正体を確かめるのみだ。



 気合が入ったマーガレットは右手を高らかに上げる。


「さあ、クレイグを追跡するべく、サンノリゼ通りへ向かいましょう!」

「おー! 何か楽しくなってきた……あ、でもちょっと待って。お嬢様はこれを掛けて」


 右手を掲げたマーガレットの服の裾をつかんだターニャは、エプロンからキラリと光る『あるもの』を取り出した。

 それを見たマーガレットはきょとんとした表情で、ターニャを不思議そうに見つめた。


「え……眼鏡?」

「うん、あたしの家の箪笥(たんす)の引き出しにあった、度の入っていない眼鏡だよ。髪の色は変えたけど、お嬢様まだ目立ってるし、できれば髪型も三つ編みにしてちょっと地味な感じにしちゃおう……と思ったんだけど」

「どうしたの?」


 ターニャはある重要なことに気付いて眉間にシワを寄せる。


「あたし、三つ編みできないんだってことを、今思い出した」


 髪色を金髪にしたことで、マーガレット・フランツィスカとしてのトレードマークは消え去った。

 しかしその代わりに、金髪の見目麗しい令嬢が誕生してしまっている。


 これでサンノリゼ通りに行ったら、突然現れた金髪の美少女として注目を集めて、クレイグを追跡するどころではないだろう。

 だからこその、眼鏡と三つ編みだったのに。


 髪紐(かみひも)を握ったターニャの手が、虚しく汗ばんでいく。


 こういう作戦とか、難しい話はクレイグの担当だったけど、あたしだってサポートできるってところをお嬢様に見せたかったのに。

 ヘアメイク苦手だからって、全部クレイグ頼みにしてたのが良くなかったのかな。


 クレイグに頼めたらって考えちゃう自分が悔しい。

 うーん、どうしたら……。


「ああ、それなら大丈夫よ」


 ターニャの悩みなど吹き飛ばすような明るい声を響かせたマーガレットは、ターニャから髪紐を受け取った。

 するとマーガレットは慣れた手つきで自分の髪を分けて、リズムよく髪を編み始めた。


 こうして自分の髪を編むのは前世以来だけど、編み方を身体が覚えてくれていて助かった。


 右の三つ編みが完成すると、今度は左へ。

 造作もなく完成していく三つ編みを目の前で見て、灰色の瞳を輝かせ尊敬のまなざしを向けたのは、数秒前まで落ち込んでいたターニャだ。


「すっごい! マーお嬢様って三つ編みできるの!?」

「まあ……年の功ってところかしら」

「年の功って、あたしとひとつしか違わないのに?」

「それは……えっと、いろいろとあるのよ…………っと、で~きた!」


 言葉を濁すように、マーガレットは大声でターニャに報告する。

 前世も含めたら、実は二十年近く年上とは言えないものね。




 壁掛け鏡を見つけたマーガレットは、自分の姿を確認した。


 小麦のように輝く金色の髪、ボリュームのあった髪は三つ編みですっかり押さえられ控えめに。さらに、目力を押さえてくれる眼鏡を掛けると……

 なんと! 見知らぬ素朴な街娘の誕生である。


 壁掛け鏡に映った自分を見つめて、マーガレットは感嘆の声を漏らす。


 何か自分じゃないみたい。

 鏡の中の女の子が自分だって、私も一瞬じゃ気付かないし……これならクレイグもそう簡単には気付かないでしょ。

 

 しかし、


「うーん」


 ターニャは何か悩ましげに唸っている。


「まだダメかしら?」

「うーん……マーガレットお嬢様ではないんだけど、何ていうかお嬢様から出てるキラキラっとしたオーラが抜けてない」

「キラキラ、オーラ?」


 ターニャの口から飛び出した言葉にマーガレットはつい聞き返したが、真剣な様子のターニャはそのまま話を続ける。


「服だって、メイドのお姉さんたちにもらったおさがりの中でも、一番地味なのを選んだのに、モデルさんみたいにかっこいいし。

何ていうかお嬢様のすごさがわかった……もうそのキラキラは諦めて、なるべく人に会わないようにして、さっさと裏門から出ちゃおっか」


 ターニャに導かれ、マーガレットは使用人たちと顔を合わせることなく、何とか裏門までたどり着くことができた。


 これでようやく外に出られるわ~。

 マーガレットたちが屋敷と公共の歩道の境のタイルを踏んだ、その時だった。


「あれ、ターニャじゃないか。どこかに出かけるの?」


 元気の良い溌溂(はつらつ)とした少年の声が、二人の行く手を(はば)んだ。


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