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第154話 ルビー色の伝言

 ひんやりとした肌に染みるような寒さの日が増え、季節は冬を迎えていた。

 寝台から起き上がるのが億劫になる凍える朝が過ぎ、太陽のありがたみを感じる午後へと差しかかった頃。


 フランツィスカの屋敷の洗濯干し場にて、洗濯を担当するランドリーメイドたちは主人たちの洗濯物を干しながら、おしゃべりに花を咲かせていた。


 まだ雇われて二週間の新人メイドは、ようやく仕事にも慣れて余裕が出てきたのか、洗濯物を干しながら何の気なしに楽しく語り出す。


「寒くなってくると、不思議と人恋しくなってきますよね。どこかに素敵な人いないかな~」

「あらまあ! 雇われたばかりで、もういい人探しなんてアンタ余裕じゃないの」

「だって~、楽しみがあったほうが仕事が捗るじゃないですか。そうだ、マーガレットお嬢様の従者の人ってかっこよくないですか~」


 すると、洗濯物のシワを叩いて伸ばしていた年上のメイドが豪快に笑い出した。


「あははははっ、あの子はやめておいたほうがいいわよ。もう八年お屋敷に勤めてるベテランさんだし、アンタみたいな考えであの子にアタックして撃沈してった娘は、両手と両足の指を足しても足りないんだから」

「えぇ~、そんなに……心に決めた人でもいるのかしら。彼が難しいなら、庭師見習いの子とかにしてみようかな~」

「ビルも好きな子いるわよ」

「えぇ~」

「こら! 口ばっかり動かしてないで、手を動かしなさい。洗い物はまだまだあるのよッ」

「「はーい」」


 ランドリーメイドたちの楽しいおしゃべりは、先輩メイドの注意によって突然終わりを告げる。


 おしゃべりが終わって洗濯物も干し終えたメイドたちは、別の仕事へと向かうため洗濯干し場をあとにした。

 これで洗濯干し場には人っ子一人いなくなった……かというと、実はそうではなかった。


 近くの木陰で、メイドたちの会話をうっかり聞いてしまったマーガレットは、口と翡翠色の瞳を大きく開けたまま、人知れず困惑していた。


 え、クレイグって好きな人がいるの……だ、れ?

 私はただ、石鹸と太陽の香りが薫るこの場所で、こっそりひなたぼっこを楽しんでいただけなのにっ。


 マーガレットの胸の奥がズキズキとひりついたように痛みだす。

 その痛みが和らぐようにと、マーガレットは胸元に手を置いた。


 両手の指と足の指って、それって二十人以上に告白されてるってことよね……。

 私といる時は、いつもクールな顔してそんな様子は一度も見せたことないのに、

一体いつ告白されているのかしら。


「はあ」


 自然と溜め息を漏らしたマーガレットは、青空を見上げた。

 空は雲ひとつない快晴で、洗濯日和だ。

 それなのに、マーガレットの心はどこか曇天模様。


 クレイグを好きと受け入れたせいか、結構堪えるわね。

 一応言っておくと、クレイグの好きな人が私かも……なんて、そんな都合のいい自惚れは抱くつもりはないし、そんなに自信もない。


 クレイグの想い人って、メイドの中にいるのだろうか。

 もしも、その……好きな人から告白されたら、クレイグはどうするのだろう。


 突然、「暇をください」とか言い出すのかしら。

 ……いけない。どんどん気持ちが沈んできてる。

 今まで一度も休みが欲しいなんて言ったことのないクレイグだし、大丈夫よね。


 すると、遠くからマーガレットを呼ぶ少女の声が微かに聞こえた。


「おじょうさまー、どこー?」

「あ、ターニャが呼んでる。そろそろ帰りましょう」


 ターニャと合流したマーガレットは、自室へと戻った。

 



 マーガレットの自室にて。

 クレイグの姿を捉えたマーガレットは、すぐに先ほどのことを思い出した。

 ソファに腰掛けたマーガレットは、今もループするように例の件について考えている。


 うーん、どうしてもクレイグの想い人が誰なのか気になる。

 クレイグの好きな人って、誰なの。

 年上かしら? 年下かしら? それとも、同い年?

 わ、私は一応、キスまでした仲なんだけど…………チラッ。チラッチラッ。


 マーガレットからの奇妙な視線を何度も感じたクレイグは、不信の色を浮かべている。


「……何か?」

「えと…………何でもない」

「そうですか。何かある時はすぐに言ってくださいね」

「ええ、ありがとう」


 すると、クレイグは何か思い出したように口を開く。


「あ、それとですね。急で大変申し訳ないのですが、今日の午後はお休みをいただいてもよろしいでしょうか?」

「…………今日は予定もないし、もちろんいいけど」


 クレイグに気付かれないように、マーガレットは口を尖らせる。


 もうっ、クレイグは休みなんて取らないって思ったそばからコレよ!

 まさか……もう好きなメイドさんに告白されちゃった!?

 飛躍しすぎなのはわかるけど、こちらが心配になるくらいお休みなんて取らないクレイグが、自ら休みの申請なんてどう考えても怪しい。


 さっきのメイドさんたちの話のせいか、クレイグが休みを取って何をするのか、すっっっっごく気になる!

「何をするの?」って訊きたいけど、プライベートを詮索するのは主従の関係とはいえ、ルール違反よね。


 マーガレットは喉元まで出かかった言葉を何とか押し戻した。

 しかしマーガレットの我慢虚しく、もう一人の詮索好きターニャが顔を出す。


「クレイグってばどこ行くの? もしかして、これが関係あるんじゃない」

「あっ、いつの間に!?」


 目にも止まらぬ速さで、ターニャがクレイグのポケットから奪ったのは、一通の手紙だ。

 ターニャはクレイグの前で、これ見よがしに手紙を振り回して挑発している。


「ふっふっふー、あたしが気付いてないとでも思った? お嬢様がいない間、この手紙を隠れて読んで嬉しそうにしちゃって。何これラブレター?」


 手紙を取り返そうとするクレイグの鋭い手刀を、メイド服をヒラヒラと翻しながらターニャは華麗に避けていく。

 しかし、クレイグもやられっ放しではおらず、目標を手紙からターニャの手首に切り替えて、がっしりと掴んだ。


 その瞬間、手紙はターニャの手から滑り落ち、マーガレットの足元へと舞い込む。マーガレットは素知らぬ顔で手紙を拾った。


「あ、お嬢様。お手を煩わせてしまってすみません」

「……ん、大丈夫よ。はい、どうぞクレイグ」

「ありがとうございます」


 クレイグに手紙を渡したマーガレットはターニャに向き直り、優しく言い聞かせた。


「ターニャ、人の手紙で遊んではいけないわ。とても大事なものだったら取り返しがつかないでしょう」

「はーい。ごめんなさい」

「クレイグ。今日はもう、ターニャに任せてあがっていいわよ」

「え、まだ十一時ですし」

「大丈夫。今日は特に何もないし、お昼はゆっくり過ごすから心配することなんて何もないわ」

「……そうですね。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」

「ええ、今日はゆっくりしてね」


 部屋を出て行くクレイグを、マーガレットは笑顔で手を振って見送った。


 扉がぱたりと閉まると、忍者のようにドアに駆け寄ったマーガレットは神妙な顔つきでドアに耳をあて、廊下に響くクレイグの足音に耳を澄ませる。

 クレイグの気配がなくなったことを確認し、テーブルに戻ったマーガレットはターニャに早口で囁いた。


「ターニャ、紙とペンを」

「ん? わかった」


 ターニャから紙とガラスペンを受け取ったマーガレットは、凄まじい速さで筆をしたためる。


 そこには、

『サンノリゼ通り三の十三 ルビー・ブレナン』

 と書かれている。


 実はこれ、クレイグが大事に持っていた手紙の送り主の住所と名前なのである。

 マーガレットが手紙を拾った時に、きっちりと記憶していたのだった。


 特徴からして女の人の字だった。

 手紙の差出人がルビーさんかしら。

 もしかして、クレイグはこのルビーさんに会いに行くの?


 クレイグの好きな人って……ルビーさん!?


 マーガレットは口元に人差し指をあてて、探偵さながらのポーズを取って考え込む。


 沈黙の後、マーガレットはカッと雷鳴のように翡翠の瞳を見開いた。


「ダメだ、わかんない…………とりあえず、クレイグを追いかけましょう!」

「え、おでかけ? おぉ――っ!!」


 状況は掴めないが意気揚々と返事をしたターニャと、迷探偵マーガレットは作戦会議を始めた。


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