第15話 ちぎれたリボン①
少年は怪訝そうな顔でマーガレットとクレイグを睨みつけながら、ズカズカと近付いてくる。
「誰だそいつら? アリス、そいつらから離れろ」
あ、この敵意むき出しでアリスのことしか頭にない感じはやっぱり……。
「ザザ、この方たちは教会の見学に来た方たちよ。私が案内を申し出たの」
「見学? ……ふーん」
ザザ! やっぱり恋ラバの攻略対象者のひとりのザザ・ザッカリーだわ。
ザザは身寄りがなく、教会の孤児院に身を寄せていて近所に住んでいるアリスとは幼馴染みだ。
ゲームに登場するアリスの幼馴染みは、ユーリとザザの二人。ザザもアリスの子供の頃からの知り合いなのだし、そりゃいるわよね。
まさかこんな形でザザと対面しちゃうなんて、できれば会わずにいたかった。
なんたって、ザザのトゥルーエンドの条件のひとつは『マーガレットが死ぬこと』なんだもの。ザザが幸せにためなるには『私の死』が必要とか、相容れなさすぎるでしょ。
それにしてもさっきからザザの視線がチクチクと痛い。
何か怪しまれているのかしら。
とりあえず、敵意はないと笑顔で訴えておきましょ。
見てこの曇りのない悪役令嬢(六歳)の笑顔。
私は害のないただの悪役令嬢ですよ~、アリスをいじめたりしませんよ~、うふふふふ。
マーガレットの笑顔の効果があったのか、ザザはふいっと視線を外してアリスに話しかけた。
「アリス、ティムとジェリーが喧嘩して手が付けられないんだ。シスターも見当たらないし、ちょっと手を貸してくれ」
「あの二人ったらまた喧嘩してるの? 分かったわ……あ、すみませんマーガレット様。すぐに戻りますのでしばらく待っていただ…」
その時、ダンッとものすごい音を立てて教会の扉が開いた。
教会の入り口にいたのは四歳くらいの灰色の髪の男の子で、目を潤ませている。
「うわぁぁん、アリスおねぇちゃーん」
泣きじゃくるその子は、アリスを確認するとアリスの胸元目がけて勢いよく飛び込む―――そこにさらにもう一人、同じく四歳くらいの茶髪の男の子が怒った顔をしてやって来た。
茶髪の子は、アリスに泣きついた子供の肩を掴んで言い放った。
「待ってよティム、アンに謝れ!」
「もう、二人ともどうしたの。何があったのかお姉ちゃんに教えて、ね?」
アリスは手慣れた様子で両方からの意見を聞いた。
二人の話をまとめると――初めに入って来たティムが、追いかけてきたジェリーの妹のアンの大事な人形を壊してしまったらしい。それで喧嘩になって、分が悪いティムは優しいアリスお姉ちゃんに泣きついたというワケだ。
両方の話を聞き終わったアリスは目を閉じて二回ほど頷いたあと、抱き着いていたティムをそっと放して肩に手を置く。
「ティム、お姉ちゃんと一緒にアンに謝りに行きましょう」
うん、どう考えてもティムが悪いわよね。
でもティムはそうは思わなかった様子で、不服そうな表情を浮かべる。
「えぇ――っ、嫌だよ。だって僕謝るようなことしてないもんっ」
「そんなこと言って、いい子にしてなきゃダメよ」
「むっ、お姉ちゃんやシスターはいつもいい子いい子っていうけど、いい子にしてたってただ怒られないだけで何もよくないじゃないか! お父さんもお母さんも帰って来ないし」
「…それは……いい子にしていれば、これからきっと素敵なことが起こるわ。だからお姉ちゃんと謝りに」
「いやだっ! おねえちゃんのバカ――――ッ‼」
味方を失ったと思ったティムは、肩に置かれたアリスの手を力強く振りほどいた。アリスの手を払いのけた拍子に、ティムの爪がアリスの髪に引っかかり、結ばれていたピンクのリボンがビリリと引きちぎれる。
ひらひらと床に落ちていくリボンを目で追ったアリスは、すぐにリボンを拾い上げると悲しそうに破れたリボンを見つめて、静かにため息を吐いた。
「ティム、私たちは他の子たちよりもいい子にしていなきゃいけないの。じゃないと皆から嫌われちゃうから……」
何だろう、この違和感。あの子に言っているようで、自分自身に言い聞かせているような…。
「おねえちゃんの言ってること全然分かんないよ! おねえちゃんのことなんて、もうきらいだ! あ、シスター!」
入り口にシスターの姿を見つけたティムは、今度はシスターの元へと駆けていく。
入り口には、小さな女の子を抱っこした眼鏡を掛けた年配の女性が立っていた。シスターはティムを見つけるとカッと目を見開き、
「こらティム! またアンをいじめたの。人形を壊すだなんて何て暴力的なんだろう。今日という今日は許しません、こっちにいらっしゃい‼」
ティムの駄々っ子のような反論など聞く耳持たないシスターは、空いた片手でティムをがっちりとホールドすると、暴れるティムをどこかへ連れて行ってしまった。
絶望したティムとは対照的にシスターに優しく抱っこされ、勝ち誇った顔を浮かべたアンは兄のジェリーに「やってやったぞ」と勝利のサインを送っている。ジェリーもシスターの後を追いかけて教会から出ていった。
残されたのは、嵐の後のような物音ひとつしない沈黙だった……。