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第149話 御前試合

 闘技場では、騎士たちの白熱した試合が繰り広げられている。


 現在、先ほどの試合で起こった前代未聞の出来事に、観客たちから割れんばかりの歓声が巻き起こっていた。


 その歓声の理由は、第三王子のアヴェルが敗北したことに起因する。

 これまでの御前試合の歴史で、王族は負けたことなどない。

 それは王族が強いからではなく、悲しい(かな)、いわゆる忖度(そんたく)というものである。


 この御前試合は、騎士たちの腕っぷしの強さだけでなく、王族への忠誠心や騎士道精神も評価される国王主催の試合だ。

 その試合で王族に勝つということは、忠誠心の欠片もないと同義なのである。


 そのため、「御前試合で王子が負けるなんて異例中の異例だ」と観客たちは騒ぎ、上官たちは「何てことをしてくれた」と頭を抱えているのであった。

 そんな悪手をしてしまったのが若い女性騎士ということで、さらに闘技場は騒然としていた。



 クレイグは、歓声に包まれる闘技場の光景を入場口から見守っていた。

 すると医療班に支えられたアヴェルが足を引き摺りながら、入場口へと戻ってくる。

 アヴェルはクレイグに気付くと苦い笑いを浮かべた。


「クレイグ。俺は負けてしまったが、君はマティアスに勝ってくれ」

「はい、お任せください」


 うっすらと微笑んだクレイグは、アヴェルに一礼すると試合会場へと向かう。

 すると聞き覚えのある声がクレイグの耳へと届いた。


「クレイグー、クレイグーっ、がんばって――‼」


 ボックス席の手すりから身を乗り出し、鈴のような声で懸命に声援を送るのは、もちろんマーガレットだ。


 ああ、お嬢様。そんなに前のめりで飛び跳ねては危ないじゃないですか。

 でも、自分のためにあんなに一生懸命に応援してくれていると思うと、

とてもむず痒くて、つい嬉しくなってしまう。


 どうにかこうにか、クレイグは口元の緩みをこらえて中央へと向かう。


 マティアスはすでに到着していて、クレイグとの試合を今か今かと武者震いをして待っていた。

 すると審判のグリンフィルドが、申し訳なさそうにクレイグに声をかける。


「クレイグ、突然試合に参加してもらってすまない。快く引き受けてくれてありがとう」

「……いえ、気にしないでください」


 二人の会話に入るように、マティアスが茶々を入れる。


「快くは引き受けてないけどな。最初は頑なに『嫌です』の一点張りだったのを、お嬢様にお願いしてやっと」


 すぐさま、グリンフィルドはクレイグに向かって静かに首を垂れる。


「クレイグ、無理に頼む形になって本当に申し訳ない。しかし従者にしておくには勿体ないほど、君の剣技は素晴らしい。君の剣技をぜひマティアスに見せてやってくれ」

「あのう……お気に入りのクレイグを褒めるのもいいですけど、そろそろ試合始めてもらえませんか、グリンフィルド殿」


 マティアスの言動に溜め息を吐いたグリンフィルドは、両者の武器の確認を始めた。クレイグは普通の剣と盾、マティアスは自分の身長ほどの大剣を携えている。


 両者の確認が終わったグリンフィルドは後ろへと下がりながら、高らかに告げる。


「始めッ‼」


 号令がかかると、大剣を持っているとは思えないスピードでマティアスが突っ込んできた。


 ―バシュッ。

 するとクレイグは、剣を使って大剣を受け流すように躱していく。


 マティアスは動揺していた。


 確かにクレイグの剣に当たった感触はあったはずなのに、まるで紙のように手応えがない。


 何だこれ? こんな戦法初めてだ。

 踏み込んで叩いても当たっている感触がない。

 こちらの大剣の力を殺さずに、受け流されているとでもいうのか?


 グリンフィルドがクレイグを讃える会話を思い出したマティアスは、意外にも控えめに褒めていたことに今さら気付いた。


 しかも腹が立つのが、まるで本気を出していないというクレイグのあの無表情。


 クソッ……これはあれだな。

 ちょっと感情揺さぶって一旦様子見だな。

 本当は嫌だが、さっきの感じだとクレイグの感情に揺らぎがあったのは、あのお嬢様のことだった。




 マティアスは金髪を掻きむしると、クレイグに届くように声を張りあげる。


「マーガレットお嬢様ってさ……美人だよなあ」


 クレイグの表情は変わらないが、ほんの一瞬眉がピクリと動いたのをマティアスは見逃さなかった。


 お、効いてるっぽい?

 だったらお次は……。


「マーガレットお嬢様ってさ…………胸、でかいよな」


「は?」


 瞬間、マティアスは腹部に大きな一撃を受けたかと思うと、すぐに背中にも衝撃を食らう。


「ぐはッ」


 瞬きくらいの一瞬で、会場の端に蹴とばされたマティアスは壁にめり込んでいた。


 いってぇ。壁にめり込んだのって生まれて初めてだな。

 腹に何食らったのかわからんし……やばい、全然勝てる気しねぇ。


 青空を仰いだマティアスだが、どうにか壁から抜け出すと、ブチ切れオーラ出しまくりのクレイグがこちらを睨んでいた。

 背すじも凍りつく氷刃のような鋭い眼差しに、マティアスはあることに気付く。


 あ……もしかして、コイツもなのか。

 あのお嬢様……アヴェルに王太子に、フィリオ家の令息だけじゃ飽き足らず、

お付きの従者まで惚れさせてんの?

 うっへぇ……俺は絶対にあのお嬢様には惚れねえ。


 それはそうと、これだけ強いクレイグにならアレを使っても、かまわないんじゃないか? グリンフィルド殿には止められているが……。


 グリンフィルドはマティアスの意図に気付いて、首を横に振って制止している。

 しかし、それが余計にマティアスの闘争心に火を付けた。


 ふひひひひ。

 よし、決めた。やっぱ使おう。

 でもそのためには、クレイグにも本気になってもらいたいところだが……。


 何やら思い付いたらしいマティアスは悪だくみを隠すこともなく、クレイグにニヤリと笑いかける。


「クレイグさんよ、賭けをしようぜ。この試合に勝ったヤツが、負けたヤツに何でも言うことを聞かせられるっていうのはどうだ? お互い賭けるものがあったほうが楽しいし、良い試合ができるってもんだろ」

「勝手におかしなルールを追加しないでください」


 クレイグはマティアスの言動に呆気に取られていた。

 しかしマティアスは、そんなクレイグの視線など気に留めることもなく、大剣を振りかざしてクレイグに向かって言い放った。


「別に問題ないだろ。

じゃあ……お前が負けたら『愛しのお嬢様に愛の告白をする』ってことで!」



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