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第148話 親の心 子知らず

 ―ギキィィィー。


 手当てを終えたマーガレットは、石床を削るように椅子を引いて、わざと耳障りな音を鳴らし、静かな抗議を響かせた。

 音に驚いたクレイグとマティアスがこちらに注目したところで、マーガレットは気品ある笑顔を浮かべて言い放った。


「二人とも、いい加減にしなさい……マティアス様、あなたのお父様には六歳の頃から稽古を付けてもらいましたが、自分にも同い年の息子がいるといつも嬉しそうに話してらしたわ」

「へぇ……あの人、そんな昔から自分に子供がいることは知ってたんだな。俺はその頃、父親が存在してることさえ知らなかった。

……十二の時に母さんが死んで、知らないヤツらが迎えに来てあの家に連れていかれるまで、俺は何も知らなかった」


 マティアスの言葉に、三人は黙りこくって誰も口を開こうとはしなかった。


 俯いたマティアスを見ていられなくなったマーガレットは、ふぅとため息をこぼすと子供を叱るように口元に力を込める。


「マティアス、あなた、わかってないわね。グリンフィルド先生があなたの前にずっと現れなかったのは、他の誰でもないあなたのためでしょ!」

「……どういう意味だ?」


「あなたが騎士団長の、ジャン・グリンフィルド伯爵の息子だと世間に知られれば、あなたも貴族の世界に入らなければならなくなる。

特にグリンフィルド家には跡継ぎがいないから、息子だと知られれば、あなたは間違いなくお家騒動に巻き込まれることになるわ。

グリンフィルド先生があなたの前に現れなかったのは、すべてあなたのため。

グリンフィルド家というしがらみに、あなたを巻き込まないために他ならない」


「……じゃあ、コイツの話をしたのは?」


「コイツ」と指を差され、苛立ったクレイグはその手を荒々しく払った。

 マーガレットはくちびるに手を添えて「うーん」と考えを巡らすと、自分なりの解釈を口にする。


「それはただ単に親子の会話ではないかしら。年の近い子で強い子がいると知れば、あなたが興味を持つかもと……ひょっとしたら、友達になるかもと思ったのかも」

「……まさか…………でも、そうか。そういう考えもあるんだな」


 さっきまでの威勢の良さは消え、静かに立ち尽くしたマティアスは、力なく「すまなかった」と呟いて扉へと向かった。

 扉を開けると、ちょうどやって来た騎士がマティアスに声をかけた。


「おい、マティアス。お前の試合の対戦相手のイアンが、腹痛起こして救護室に運ばれてったみたいだぞ」


 そこまで聞こえたところで扉は閉まり、会話の続きは霞むように途切れ、耳に届くことはなかった。

 クレイグはマーガレットの傍に寄ると、深く頭を下げる。


「僕のせいですみません。僕が彼の口車に乗ったせいで、お嬢様の手を煩わせてしまいました」

「ん? 別に気にしてないわ。むしろ、普段冷静なクレイグがムキになるところが見られて面白かったし」

「べ、別にムキになんてなってないですよ」

「そうかしら。ターニャはどう思う?」

「うん、クレイグってば頭に血が上ってた。あー言えばこう言うって感じで……

でもちょっと楽しそうだったよ」


 すると、扉が荒々しい音を立てて開いた。


 入ってきたのは、つい先ほど意気消沈と出ていったはずのマティアスだ。

 しかしすでに陰鬱とした様子はなく、クレイグの前で立ち止まると、意気揚々と碧い瞳を輝かせる。


「なあ、クレイグ。今日の御前試合、俺と戦ってくれ! グリンフィルド殿からも許可は取ってきた。あとは、お前がうんと頷くだけなんだ」


 マティアスからの唐突な誘いに、クレイグは一瞬、面食らって黙り込んだ。

 しかし、すぐにその意図を理解し、『嫌悪』と顔に描いたような表情を浮かべ拒絶の姿勢を示す。


「嫌です。お断りします」

「即答だな、おいっ!」

「当たり前です。僕はお嬢様の従者なのですよ。騎士が出場する御前試合に、

なぜ従者が出場しなければならないのですか」

「そこは許可とったからどうでもいいだろ! グリンフィルド殿にスカウトされた実力者と俺は戦ってみたいんだよ。頼むから、後生だからっ」


 マティアスは両手を合わせて拝むようにクレイグに願うが、クレイグはふいっと顔を背けた。


「ですから、僕はお嬢様の従者なので無理です」

「……つまり、お嬢様が許可を出したら試合に出てくれるってことだよな」

「……んな!?」

「なあなあ~、マーガレットお嬢様はクレイグの超絶カッコイイ姿が見たいと思わないか?」


 すると、マティアスは両手を擦って胡麻をするように、マーガレットににじり寄る。クレイグは首を横に振って「断ってください」と目で訴えた。

 そんなクレイグの様子を見たマーガレットは、クスリと笑みをこぼす。


「ふふ。こういう由緒正しい場所で戦うクレイグの恰好良い姿。一度でいいから見てみたいわ」


 目を細めたまま、クレイグは何も言わずに静かに黙り込んでいる。

「なんか喜んでるし、もうひと押しか?」と、野生の勘が働いたマティアスは

とどめの一撃を放つ。


「ほら~、お嬢様もこう言ってるし、俺と戦おうぜ……それともあれか。

俺と戦って、お嬢様の前で無様に負けるのが怖いのかい、クレイグ君?」

「……いいでしょう。その言葉、後悔させてあげましょう」

「おお、やったぜ! んじゃ、あとで試合会場でなー…………おっと、失礼しましたお嬢様方」


 騎士らしい紳士的な礼をしたマティアスは、その場をあとにした。

 二人の会話を聞いていたマーガレットはクスクスと笑い出す。


「仲の良いケンカ友達ができたみたいで良かったわね、クレイグ」

「何言ってるんですか。僕はお嬢様の従者なのに、あんなヤツに乗せられてしまうなんて……」


 まんまと策にハマった後悔が胸を刺す一方で、クレイグの心の奥底に眠る不屈の闘志がメラメラと燃えあがる。


 たとえ挑発だとしても、僕がお嬢様の前で負けるなんて許されない。

 僕はお嬢様を守ると心に誓ったのだから、こんなところで土をつけるわけにはいかないんだ。


 ジャケットを脱ぎ、シャツのボタンをひとつ外しながら、クレイグは普段よりも昂る感情を抑えるようにくちびるに笑みを刻む。

 

「まあ、やるからには勝ちますよ」


 鼻息荒く勝利宣言したクレイグに、マーガレットとターニャは顔を合わせて静かに微笑み合った。


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