第145話 マティアスという男
「アヴェル、俺にもウワサのマーガレット嬢を紹介してくれ!」
やって来たのは、短い金髪が良く似合う、日に焼けた健康的な肌が眩しい背の高い騎士の少年だった。
振り返ったアヴェルは、年の近いその少年に笑顔を向ける。
「マティアス来たのか。マーガレット、紹介するよ。こちらはマティアス・グリンフィルド。グリンフィルド騎士団長のご子息で、俺の友人だよ」
するとマティアスは低い声でぼそりとひと言。
「まあ、妾の子だがな」
「マティアス、余計なことを言うものではない‼」
マティアスの放った『妾』という言葉に過剰に反応し大声を出したのは、先ほどまで楽しく会話していたグリンフィルド騎士団長だった。
グリンフィルドは怒りを鎮めるようにこめかみに手をあてて、溜め息を漏らしている。
マティアス・グリンフィルド。
私は彼を知っている。
彼は『恋ラバ』の攻略対象者のひとりだ。
マティアスの父であるグリンフィルドには本妻との間に子がおらず、元恋人のマティアスの母の死をきっかけに、実子であるマティアスを引き取った。
しかし突然やってきた妾の子と、義母や祖母が上手くいくはずもなく、明るい振るまいとは裏腹に、マティアスは人には言えない苦悩や悲嘆を抱えている。
マティアスのルートは私が関わることはないし、ここは普通に挨拶しておきましょう。
「初めましてマティアス様。私はマーガレット・フランツィスカと申します」
マティアスはマーガレットの挨拶に返事をすることなく、マーガレットを無遠慮に凝視する。次に後ろのターニャを、そしてクレイグを見て、最後にもう一度マーガレットを隅々まで観察した。
流石このゲームで一、二位を争う高身長キャラ。
上から見つめられると迫力がすごい。
何度か頷き、「ふーん」と声を漏らしたマティアスは、口角を上げてニヤリとした笑みを浮かべた。
「へぇ……遠くからしか見たことなかったけど、近くで見るとあの王太子殿下の溺愛っぷりもわかる、ウワサ以上に将来有望の美人だな」
「おいっ、マティアス! なんて失礼なことを……マーガレット様申し訳ありません。不肖の息子でして」
グリンフィルドはマーガレットに向かって深々と頭を下げた。マティアスが来てから、グリンフィルド先生がずっと謝っているような気がする。
グリンフィルドの心労を察したマーガレットは、にこやかに笑いかけた。
「そんなに気にしないでください、グリンフィルド先生。遠回しに美人だと褒めてもらえたのだから、怒ってないですよ」
「し、しかし」
「マーガレット嬢もこう言っているので、許してほしいですね。グリンフィルド殿」
マティアスはふてぶてしくも自らを擁護した。その碧い瞳には、凍てつくような敵意が滲み出ている。
グリンフィルド殿、か。
その呼び方は、マティアスとグリンフィルド先生の、親子のわだかまりの象徴のようなものだ。
「はあ、マティアス。お前はその軽薄な行動を顧みないと、いつか大変な目に合うんじゃないかと」
「あ゛ー、わかりましたグリンフィルド殿。俺は修練場の見回りに行って参りまーす」
マティアスはグリンフィルドの説教から逃げるように、その場をあとにした。
すると深く溜め息をこぼしたグリンフィルドは、再びマーガレットに頭を下げる。
「グリンフィルド家の恥を晒してしまい、本当に申し訳ありません。後でよく言って聞かせますので、どうかご容赦ください」
「グリンフィルド先生も、ご子息には手こずっていらっしゃるのね」
「はい、恥ずかしながら……それでは私も失礼します」
すっかり気を落としたグリンフィルドは、修練場の奥へと消えていった。
その後ろ姿を見送っていたアヴェルは、そっと友人の弁解を試みる。
「マティアスは普段はいいヤツなんだが、グリンフィルド騎士団長がいるとあんな感じになってしまうんだ。今日はいつも以上に荒れているようだったから、少し心配だな……どうか許してやってくれ、マーガレット」
「別に気にしてないわ。構ってほしくてたまらない、うちのにゃんコフみたいだったし」
「え…………ぷっ、マティアスは君の猫と同格だったか、フフッ」
アヴェルが笑い声を上げると、周囲の騎士たちから視線が集まった。
周囲の騎士たちは、普段クスリともしないアヴェルが思いきり表情を緩ませて笑っていることに驚愕し、ざわめいている。
その喧騒とともに、グリンフィルドがいなくなったことを確認したマティアスが戻ってきた。
「うお……アヴェルがそんなに笑ってんの初めて見た。流石はウワサのマーガレット嬢ってところか」
またウワサ?
さっきから何回か口にしてるけど、一体何のウワサなのかしら?
事あるごとにマティアスが口にする『ウワサ』というフレーズに、マーガレットは心に宿ったある疑問をついに投げかけた。
「そのウワサって私にまつわることなのですか、マティアス様?」