第144話 アヴェルからの招待状
王都ローゼンブルクの東に位置する闘技場は、人でごった返し賑わいを見せていた。
今日はこの闘技場で、二年に一度の騎士たちの御前試合が行われる。
国王も観戦する御前試合は、特に新人の騎士たちにとっては大きな意味を持つ。
この御前試合の結果を経て、騎士たちの配属先が決定するのである。
配属先をかけた騎士たちの必死さから、普段試合に興味もない観戦客たちからも人気があり、今回も満員御礼のようだ。
そんな血肉躍る闘技場に似つかわしくない、豪奢なドレスをひらひらと翻した令嬢がひとり、馬車から降り立った。
後ろには従者と侍女も控えていて、良家の令嬢だとひと目でわかるほどで、皆がその令嬢を二度見していく。
赤毛の長い髪をなびかせながら、マーガレットは楽しそうにルンルン気分で観覧席へと向かっている。
なぜ侯爵令嬢のマーガレットが闘技場という場違いな場所にいるかというと、幼馴染みのアヴェルから招待状を受け取ったからであった。
『マーガレットへ
今度の御前試合、俺も試合にでるから見に来ないか?
もちろん、兄上には許可をもらっているから心配はいらない
アヴェルより』
嫉妬深いゼファー様への配慮まであって、やっぱり持つべき者は幼馴染みだわ。
いつの間にかアヴィの一人称が『僕』から『俺』に変わっているのは、ちょっぴり寂しいけど。
すると、ある人物が、通り過ぎる派手な赤毛に気付いて声をかけた。
「おや、マーガレット様ではありませんか。今日は観戦ですか?」
「グリンフィルド先生! はい、今日はアヴィ、アヴェル殿下から招待状をもらって観戦にきました」
グリンフィルドは、六歳の頃からマーガレットやクレイグに稽古を付けてくれた師である。マーガレットの話を聞いたグリンフィルドは、突然閃いたように軽やかに手を打ち鳴らした。
「ほう……それならばアヴェル殿下のいる修練場までご案内いたしましょう」
「え、いいのでしょうか。私、部外者ですけど、ご迷惑じゃないかしら」
「まったく問題ありませんよ。マーガレット様が激励すれば殿下の士気も上がって、ついでに騎士たちの良い薬になるでしょうし……」
含みのあるグリンフィルドの言葉に、マーガレットは首を傾げる。
「え?」
「あはははは、さあ付いてきてください」
グリンフィルドの言葉に何か引っかかったものの、その疑問はグリンフィルドの豪快な笑い声に掻き消されていった。
こうしてグリンフィルド案内のもと、マーガレットたちは修練場へと向かった。
道すがら、マーガレットは遠い昔を懐かしんだ。
グリンフィルド先生とお話しするのは六年ぶりかしら。
稽古を続けたいとゼファー様に逆らった怒りの矛先は、私でなくグリンフィルド先生に向かってしまった。
だからかしら……先生に近づいただけでもゼファー様に咎められそうで、ずっと避けていたのよね。
すると、同じように懐かしんだのか、グリンフィルドは後ろの護衛を気にしながらマーガレットに小声で呟いた。
「小耳に挟んだのですが、今も稽古を続けているそうですね」
「はい、こっそりと部屋の中で。クレイグとターニャに稽古を付けてもらっています。扉の外には護衛がいるので……」
「あの二人と戦えるのなら、マーガレット様もさぞ お強くなっているのでしょう。見られないのが残念です」
楽しく談笑していると、マーガレットたちはいつの間にか修練場にたどり着いていた。
修練場では試合に向けて最終調整を行っていた騎士たちが、ひたむきに鍛錬に身を投じていた。
しかし、修練場に似つかわしくないヒラヒラドレスの派手な令嬢に気付いた騎士たちは、何事かと視線を送り出す。
あれ、何かすごく注目されているのだけど?
私ってすごく場違いなんじゃないかしら。
隣のグリンフィルドに視線を送ると、グリンフィルドはにこりと笑っているだけでうんともすんとも言わない。
え……グリンフィルド先生? どういう、こと?
すると、幼馴染みのピンチに気付いたらしい銀髪の少年が颯爽と駆けつけた。
「マーガレット、こんなところでどうしたんだ?」
「あ、アヴィ……えっとアヴィに会いにきたのだけど、なんかすごく注目されてて」
十四歳になったアヴィことアヴェルは、すっかり身長も伸び、月光の輝きのような銀髪をなびかせ、紫の瞳が麗しい端正な顔立ちの美少年へと成長していた。
しかし今は、突然現れたマーガレットに驚いて、六歳のあの頃のような愛らしい顔を覗かせている。
「一気に修練場の張りつめた空気が和らいだから何事かと……騎士団長、どういうことですか?」
「ははは、アヴェル殿下は誤魔化せませんね。実はこの御前試合の前はいつも張りつめていまして、固くなった騎士たちが怪我をすることが多いのです。そこで可愛らしいマーガレット様を見れば、緊張も解れるのではと思いまして……効果はあったみたいでよかったです」
周囲を見渡すと、修練場にいるほとんどの騎士たちがマーガレットに視線を送っていた。
流石に視線の気になったクレイグとアヴェルが、マーガレットの周囲を囲んでガードすると、騎士たちの視線はだんだんと消えていった。
突如吹き荒んだ風と共に、アヴェルの背後から元気の良い少年の声が響き渡る。
「アヴェル、俺にもウワサのマーガレット嬢を紹介してくれ!」
やって来たのは、短い金髪が良く似合う、日に焼けた健康的な肌が眩しい背の高い騎士の少年だった。