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第143話 幕間〈ゼファーと秘密の祭壇〉

 ローゼンブルク城。翡翠宮。ゼファーの書斎室にて。


 午前の忙しない公務もひと段落つき、正午を過ぎた頃。

 ミュシャは、書類と睨み合っている側近たちに柔らかな声を響かせる。


「みんな、そろそろお昼休憩にしましょうか」


 側近たちはミュシャのそのひと言を待っていましたとばかりに、書斎室をあとにする。残ったゼファーも椅子に腰かけたまま、両手を挙げて大きく伸びをした。


 ローゼル学園を卒業し、二十二歳となったゼファーは王太子の公務に加え、今ではエドワード国王の公務の三分の一を賄うまでとなった。

 国王の臣下たちの信頼も得て、このまま国王まっしぐら――。


 しかしその膨大な仕事量には流石のゼファーも(こた)えているようで、身体も心も疲れ果てているらしい。




 ミュシャ以外の側近が退出したのを確認したゼファーは、机の横の金庫のレバーに意気揚々と手を掛ける。


 キィィィ――っ。


 その金庫の中を愛しそうに見つめては、ゼファーは頬を緩ませている。


 知らぬ存ぜぬで、書類で顔を隠したミュシャは、ゼファーの金庫の中を盗み見た。


 金庫の中は―――ゼファーの婚約者であるマーガレットの写真が、隙間がないくらいに張り巡らされていた。

 しかもどこから手に入れたのか、マーガレットの0歳の頃からの写真もあって、ミュシャにもその入手経路は不明だ。


 ゼファー殿下いわく、あれは金庫ではなく祭壇というとのことだった。


 以前、うっかりあの祭壇を開けてしまった部下の子が二人いるけど、寝込んでしまって次の日から仕事に来なくなった。

 理由はおそらくだが、単純に賜物(カリスマ)が解けてしまったのだろうと私は思っている。


 ゼファー殿下の賜物(カリスマ)『魅了』は、ゼファーに好意を持つ者には非常に効果が強い。


 しかし、それに反比例するようにゼファー殿下に対する感情が好意よりも嫌悪が上回っている場合は、効果がなくなるという弱点を持っている。


 好意とか嫌悪とかの次元でない私はもうすっかり耐性が付いたけども、ゼファー信奉者の彼らが秘密の祭壇を目にするのは刺激が強すぎるのだろう。

 まあ言い方を変えれば、目が覚めただけかもしれないけど。


 ただ、日に日に有能な側近が減るのも困るので、誰もいない時のみ祭壇を開けたらどうかとそれとなく殿下に進言したら、


「確かに……マーガレットの可愛らしさを他の者に見せるのはよくないな。そうしよう」


 と、妙に納得されてしまった。


 嫌悪と言えば、マーガレット様が髪を切る度に、ゼファー殿下が切った髪が欲しいとねだるものだから、マーガレット様は白目を剥いて嫌がるようになってしまった。


 殿下は気付いておられないけど、マーガレット様から好かれていな……いいえ、本当にどうしようもないくらいに嫌われている。

 いつかマーガレット様の賜物(カリスマ)で、星の彼方まで吹っ飛ばされるのではないかと心配だ。


 この解決策を思案した私は、マーガレット様の護衛騎士に頼んでマーガレット様が髪を切った時に、その髪を極秘裏に回収してもらった。

 ゼファー殿下にお渡しすると、大歓喜してそれ以降マーガレット様に髪をねだることはなくなった。


 これでめでたしめでたし。

 そう思っていた…………本当に、そう思っていたのよ。



 ――数か月後。

 ゼファー殿下は大変満足した様子で、ワインボトルくらいのサイズの長方形の桐箱を書斎室へと持ってきた。


 その中に入っていたのは――翡翠の瞳をした赤毛の可愛らしい女の子の人形だった。殿下は人形を赤子に触れるように丁寧に取り出すと、人形の赤毛を愛しそうに撫でる。


 もう気付いてドン引きした人もいると思うけれど、この人形の赤毛はマーガレット様の本物の髪の毛が使われている。


 国一番の人間国宝の人形師に頼んで、オーダーメイドで作ってもらったらしい。

 これには流石の私も鳥肌ものだった。


 偶然その場に居合わせた側近の子も、やっぱり寝込んで二度と書斎室に来ることはなかった。これで三人……まあ、ゼファー殿下の信奉者は多いから困ることはないのだけど。


 そしてそのマーガレット様を(かたど)った人形は、例の祭壇の真ん中に鎮座している。

 殿下はマーガレット様(人形)を腕に抱くと、優しく髪を撫でる。


 連日激務をこなし、マーガレット様に満足に会えないゼファー殿下にとって、その祭壇が心の栄養を満たすのならと、私はマーガレット様に心の中で土下座して目を伏せる。




 ふと、マーガレットの人形の頭を撫でていたゼファーが、何か思い出してミュシャに目を向けた。


「そうだミュシャ。ついに父上から例の石、ファビオライトの許可が下りたんだ」

「まあ! それはおめでとうございます。長くかかって陛下を説得した甲斐がありましたわね」

「ああ、やっとだよ。これでマーガレットに喜んでもらえるかなぁ。楽しみだ」


 マーガレットの人形の小さな両手を触りながら、ゼファーはこぼれるような笑みを浮かべている。

 その笑顔を横目に、ミュシャは深く息を吐いた。


 はーあ。こうやっていると素直なんだけど、本物のマーガレット様を前にするとなぜだか執着心が(あら)わになるのよねぇ。


 ま、ゼファー殿下をサポートするのが私の役目ですから、やれることはやりますけど……だってそれが、王太子の側近である私のお仕事ですし。




お読みいただきありがとうございます。


次は――

幼馴染みのアヴェルの招待で、御前試合を観戦するマーガレット。

そこで『恋ラバ』きっての問題児と初めて顔を合わせます。

そのうえ、彼はマーガレットに予想外の企みを企てていて……。


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