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第142話 二人静か

「……ターニャの最初の印象は、生意気な悪ガキでした」


 もう遠い昔のようだが、侍女見習いとしてやってきた頃のターニャは、全ての仕事を一人でこなそうと僕の邪魔をしてくる宿敵だった。


 そのうえ、いつもお嬢様にベタベタして何かと(しゃく)に障るヤツだったのに……

まさかお嬢様と僕を夫婦にしようと目論むようになるなんて、正直思いもしなかった。


 自然とクレイグの口元は緩んでいく。


「……最初はただの悪ガキだったんですけど、いつの間にか手が付けられない弟、のような存在になっていましたね」


 マーガレットは話に耳を傾けたまま、黙って相槌を打っていた。しかし、頭の中は大量の疑問符で埋めつくされていた。


 さっきから悪ガキとか弟って言うけど、これはターニャの話をしているのよね。


「一応聞くけど、弟じゃなくて妹の間違いよね?」

「いえ、弟です。あのバカみたいな運動能力の高さに、いちいち突っかかってくる後先考えない対抗心、人をおちょくらないと気がすまない煽り能力。

妹と呼ぶには可愛さの欠片もないですし、やっぱり弟です」


 女の子に躊躇(ためら)うことなく弟と言ってのけたクレイグに、マーガレットは目を丸くした。

 しかしそれと同時に、クレイグがターニャに対して恋愛感情を毛ほども持っていないとわかり、無自覚に胸を撫で下ろす。


 でも流石に「可愛さの欠片もない」は言い過ぎじゃないかしら。


「クレイグってターニャにだけ異常に手厳しいわよね、びっくりしちゃう。

あ、びっくりしたと言えば、マーガレットの花言葉を色ごとに覚えていてくれたのは驚いたちゃったわ」

「あ、あれはその……気味が悪かったですよね」


 ターニャを弟だと胸を張って言い切ったクレイグだったが、花言葉の話題になると急にうわずった声で肩を下げてくしゅんと俯いてしまった。


 そのクレイグの姿が悪戯が見つかって落ち込む幼子のように映り、マーガレットの心の奥をこしょこしょとくすぐっていく。


「ううん。びっくりしたっていうのは、私に興味を持ってくれてるんだって意味で驚いただけよ。

詳しかったのは気味が悪いどころか、どちらかというと……嬉しかったし」


 マーガレットの言葉を聞いたクレイグは、途端に俯いた顔を上げ、安堵したような柔らかな微笑みを浮かべる。


「それならよかったです。どの色の花言葉もお嬢様にぴったりだと思ったら、自然と覚えてしまっていました……あ! もちろん『秘密の恋』の花言葉は違いますよ。お嬢様には関係ない、ですので」

「ふ、ふーん」

「…………」

「………………」


 マーガレットとクレイグは目を逸らすことなく、互いに見つめ合った。

 あのくちづけを交わした夜と同じく瞳を交錯させた二人は、顔を真っ赤に沸騰させて黙り込んでしまった。


 クレイグが関係ないと言った『秘密の恋』の花言葉に、一番心を揺さぶられているのは気のせいだろうか。




 ―バタンッ。


 そこに満面の笑みを浮かべたターニャが、元気よく扉を開けて戻ってきた。


「ただいま――っ……あれ、お邪魔だった~?」


 ターニャは室内に(ほの)かに漂う甘酸っぱい気配を感じ取り、戸惑いの表情を覗かせた。その雰囲気を誤魔化すように、クレイグはどこか呆れた眼差しでターニャを責め立てる。


「……何がお邪魔ですか。お嬢様の返事を聞かずに私用で勝手に自宅に戻るとは、フランツィスカ侯爵令嬢の侍女としてあるまじき行為ですよ」

「むー、花言葉を色別にばっちり暗記してるクレイグだって、あるまじろだよ」

「あるまじろではなく、あるまじきです。それに今、お嬢様が暗記したことを褒めてくださったので、僕はあるまじきではないですよ」

「むむーっ、せっかく気を利かせたのに。クレイグの恩知らずっ!」


 二人の口ゲンカを甘味がわりに、マーガレットは本日三杯目の紅茶を口に含む。

 少し冷めてしまったが、紅潮して火照った身体にはちょうど良い。


 マーガレットの花言葉には『真実の愛』しかないと思っていたのに、花の色ごとに花言葉が違うなんて知らなかった。

 それに、何よりもマーガレットの花に『秘密の恋』なんて意味があるなんて……。


『秘密の恋』という文字が脳裏に浮かんだマーガレットは、またも頬を紅潮させた。


 くちびるから伝わる体温、熱を帯びたクレイグの真紅の瞳。

 気を緩めると、紅茶の水面にあの夜の出来事が鮮明に映しだされる。


 恥ずかしさを掻き消すようにマーガレットは首を横に振った。


 あれ、私……秘密の恋って考えただけで、あの時のことが頭から離れなくなってない!? ううう、しばらくは白いマーガレットは見られないかも。


 同時にマーガレットにとって、受け入れ難い考えが頭をよぎる。


 もし、マーガレットの花言葉をすらすら述べたのが、ゼファー様だったのなら私はどう思ったのだろう。

 そんなことまで調べてるのって、ドン引きしたんじゃなかろうか。


 でもクレイグなら、ドン引きどころか……嬉しいと思った自分がいる。

 これって…………。


 ある結論を認めてしまう前に、すべてをリセットするように、マーガレットは首を縦にも横にも振り回した。


 悩めるマーガレットの傍らには、ブラシと猫じゃらしを大切そうに胸に抱く

にゃんコフがスヤスヤと寝息を立てていた。



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