第141話 コイバナ
ようやく元通りになったマーガレットとクレイグの二人は、これまでの数日間の気まずさを解消するように、他愛もない話に花を咲かせている。
そして話題はブーゲンビリアと共に消えた、なかなか戻ってこないターニャの話へ変わった。
マーガレットは声を弾ませて、自分のことのように生き生きと話し出した。
「ターニャったら、ブーゲンビリアをもらって嬉しかったのね。それにそれに……庭師見習いのビルが、ターニャを好きだなんてびっくりしちゃった」
「ビルの好意に気付かないなんて、敏感なのか鈍感なのかわからないヤツです。
実は、ビルの他にもターニャに気がありそうな人物があと二人ほどいるんですよ」
「え、そうなの!? ターニャったらモテモテなのね。
そういえば、タチアナも昔はそれはもうモテたって、お母様が自分のことみたいに自慢してたかも。モテる遺伝なのかしら」
マーガレットの言葉にクレイグは窓の外の青空を見つめながら、遠い目をして言葉を落とした。
「……遺伝するなら、もっと侍女として役立つところが遺伝したらよかったのに」
「も~うっ、クレイグはすぐそういうこと言うんだから……それにしてもクレイグが恋の話に詳しいなんて意外だわ。男の子たちでそういう話をよくするの?」
「え……いえ、するというか一方的にされるというか」
言葉に詰まったクレイグは目を泳がせる。
実はクレイグは、ターニャに気のある三人の使用人たちからターニャとの仲を勘繰られ、それぞれから呼び出しをくらったことがあるのだった。
それで三人の気持ちを把握したなんて、お嬢様には口が裂けても言いたくない。
だってお嬢様にまで疑われたら嫌だし。
僕とターニャとの関係を見当違いに邪推されるのも煩わしいので、ターニャがその三人の誰かとくっついてくれたら、いろいろと楽なのだが……。
ビルの明白な恋心にさえ気付かないターニャが、近々誰かと恋仲になる予定はなさそうだ。
そもそもターニャの最優先は、僕と同じくお嬢様だろうし。
ちなみに、使用人の男性陣がマーガレットお嬢様の不埒な話をしようものなら、どこからともなく家宰のジョージさんが飛んできて、大変なことになる。
フランツィスカ家に来て日の浅い使用人が、お嬢様の卑劣な妄想をする会話を耳にしたことがある。
その使用人は、僕が青筋を立てる前にどこからともなく現れたジョージさんに首根っこを掴まれ、その日のうちに屋敷からいなくなった。
その後、誰もその人を見かけていない。
それもあってか、フランツィスカ家の使用人で仕事以外でお嬢様の話題を出す者は誰もいなくなった。
ジョージさんは使用人という集団を統率する能力に判断力、トラブルへの対応力と、フランツィスカ家を陰で支える実力者といったところだ。
僕は、ジョージさんの洗練された家宰としての生き様を学んでいきたいと思っている。
クレイグが心の中で使用人の流儀に思いを馳せていると、どこか神妙な面持ちのマーガレットが不意打ちを食らわせる。
「ねえ、クレイグはターニャのこと……どう思ってるの?」
「え゛!?」
この質問は知っている。
ここ最近、似たような質問をターニャ大好き三人組からクレイグは投げかけられていた。
だからこそわかる。
この質問には、相手からの好意が隠れている可能性がある。
その好意がターニャになのか、僕になのかは判別できない。
もしかしたら、ただの興味本位かもしれない。
それでも……もしかしたらお嬢様が僕を想ってくれているのかもと、つい邪推してしまうのは男としての性なのか。
クレイグはゆっくりと、探るようにマーガレットを見据えた。
マーガレットは眉を下げて桜色のくちびるをきゅっと閉じ、まるで捨てられた仔猫のようにつぶらな瞳でこちらを見上げていた。
…………あ、かわいい。
お嬢様の質問の真意がどれでもいいと思えるほどに、かわいい。
おっと……だんだん、不安そうな顔になってきたな。
本当はもっと見ていたいけど、そろそろ返事をしないと。
つい先程まで心の中で「かわいい」と連呼していたのが噓のように、平常心を装ったクレイグは、キリッと引き締まった表情で冷静に話し出した。
「……ターニャの最初の印象は、生意気な悪ガキでした」