第14話 女神さまに願いを
女神ファビオラーデといえば、『恋ラバ』の舞台であるローゼンブルク建国の逸話で登場する女神様だ。
勇敢な青年と女神が恋をして結ばれ、青年はローゼンブルク王国の初代国王となって、二人の子孫である王家の者たちは女神の子孫の証として紫の瞳と女神の賜物を持って生まれてくる。ローゼンブルクの王子と王女である、アヴェルとルナリアの瞳も紫色だ。
女神像をよく見ると、女神様の瞳は紫色の宝石が装飾されている。
―きれい。
マーガレットが女神像の瞳を見ていることに気付いたアリスは、優しく語り出した。
「そのファビオラーデ様の瞳はアメジストという宝石で宝飾されているんです。とってもきれいですよね。光の当たり具合でファビオラーデ様の表情も変わって見えるんですよ。朝と昼では全く違っていて」
アリスの説明を聞きながらマーガレットは感動していた。
ヒロインのアリスから『恋ラバ』の聖地のひとつである教会の案内を直接してもらえるなんて、私ったら何て贅沢なんでしょう。
それに私と同じ六歳のはずなのに、教会のお留守番なんてアリスって大人から信用されているのね。
「ひとりで起きられた」&「着替えられた」で大騒ぎされる私とは大違いだわ。
チラリとクレイグを見ると、クレイグは興味なさそうに余所見をしている。
クレイグって真面目なのに信仰心はゼロみたい。
……っと、せっかくのアリスの説明、しっかり聞かないと。
「皆さん、女神像にお祈りしていかれるんですよ。お二人もいかがですか」
「あ、いいわね。私もお祈りしましょ、クレイグも」
「僕はいいです。神様なんて……いえ無宗教なので」
「? じゃあ、ちょっと待っててね。すぐにお祈りするから」
マーガレットは女神像の前で目を閉じ、手を合わせて一心に祈りを捧げる。
―どうか幽閉エンドを回避できますように。
もしかしたら、私が前世の記憶を持ったまま転生したのもファビオラーデ様の計らいかもしれない。私の『恋ラバ』の記憶で、アリスと私と、まだ見ぬ誰かを救えってことなのかも!
女神ファビオラーデ様、私たちがひとりも欠けることなく難題を乗り越えてハッピーエンドを迎えられますように力をお貸しください。
―――それは、あなた次第だわ―――
え、今……何か……?
「クレイグ、何か言った?」
「いえ、何も?」
と、クレイグは不思議そうな顔をして返すのだった。
直接話しかけられたみたいに頭に響いて聞こえたけど、何だったのだろう。
不思議に思ったマーガレットだったが、アリスと話すうちにそのことはすっかり忘れてしまった。
その後も聖セティア教会の中を案内してもらい、マーガレットとアリスは昔からの友人のようにすっかり打ち解けていた。
やっぱりアリスって子供の頃から誰にでも優しくて、その上可愛くて最っ高。
もともと好きだったけど、ちょっと話しただけでゲームのアリスよりももっと好きになっちゃった。
ヒロインと悪役令嬢が仲良くするなんて、ゲームの中では合ってはいけないのでしょうけど、私個人としてはもっと仲良くしたいと思ってしまう。
「次は天井画について案内しますね、マーガレット様」
「ん―――っ?」
マーガレットは口を閉じたまま、唇を震わせてわざと変な声を出して見せた。
気付いたアリスは首を傾げる。
「えっと、どうしましたかマーガレット様?」
「ねぇ、私たちはそう年齢も変わらないのだし、私のことはただ『マーガレット』と呼んでください。できれば話し方ももっと砕けた話し方でお願いします。いえ、お願いしたいの! それで、その……私もあなたを『アリス』と呼んでもいいかしら」
「もちろんです。私のことはアリスと呼んでください……でも」
アリスはマーガレットとクレイグを改めて観察した。
二人の服装は地味な色合いで控えめではあるが、使われている生地の高価さや所作のひとつひとつから醸し出される品の良さ、さらに整った上品な顔立ちからひと目で貴族の子供だと分かってしまったのである。
そんな方々と対等に話すなんて……。
アリスが脳内で自問自答している間に、クレイグはマーガレットにそっと耳打ちする。
「お嬢様、あまり無茶を言ってはいけません。困っているじゃないですか」
「無茶でなく希望のつもりなのだけど。あ、クレイグも私をお嬢様と呼んではダメよ。今はマーガレットと呼んでちょうだいね、バレたら大変だもの」
「……え゛」
思わぬ飛び火に主を呼び捨てにしないよう、いつもより無口になるクレイグだった。
「おい、アリス」
突然聞こえた圧のある子供の声に三人が振り向くと、教会の入り口にマーガレットたちと同い年くらいの黒髪の少年が立っていた。
少年は表情を変えぬまま、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
少年の服の裾は破れ、生地も汚れが目立っていてお世辞にも清潔とはいえない格好をしている。
その上、長い前髪で左目は隠れていて顔を確認することができない。
しかし、マーガレットはその少年から何か面影を感じ取った。
あれ、この子……。