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第129話 物言いの代償

「そうだな。マーガレットから僕に、愛のこもった『くちづけ』をしてくれたら、君のことを信じて急に降爵の件を取り消したくなるかもしれない」

「…………は!?」


 くち、づけ? 愛のこもった?

 くちづけしたら降爵を取り消すって時点で、もうただの脅しなのに……

 そこに愛なんて、こもってないじゃない。


 でも、ゼファー様から降爵の取り消しを提案してくれたのは幸運だっだ。


 私のキスひとつで、巻き込んでしまったフィリオ侯爵家の降爵が取り消されるのなら安いものよ。

 

 大丈夫。瞬きよりも素早く、ゼファーの『頬』に口を付けるだけのことよね。

 ゼファー様の気が変わらないうちに、さっさと終わらせましょう。


「わかりました、ゼファー様」


 ヒクヒクと痙攣(けいれん)する口角に鞭打って、にこやかな笑顔を取り繕ったマーガレットは承知した。


 控えている使用人たちの中にクレイグの怪訝な顔が見えた気がしたが、マーガレットはクレイグから目を逸らし、拳を強く握りしめて覚悟を決める。

 その様子に気付いたゼファーは顔をしかめる。


「そんな真剣な顔をして……そんなにフェデリコ・フィリオが大事かい?」

「大事なのではなく、私のせいでフィリオ侯爵家が不幸になるのが嫌なだけですわ」

「ふーん、君は本当に優しい子だね。その天使のような優しさを是非独り占めしたいよ。君は僕のことだけ見つめていればいいのに……さあ、おいでマーガレット」


 先程までの嫉妬深い表情が嘘のように、ゼファーは顔を緩ませて自分の膝をぽんっと叩き、膝の上に座るようにマーガレットに促した。

 その『ぽんっ』が合図のように、周囲にいた側近や使用人たちは海を割るように後方へと下がっていく。


 しかしその中で、クレイグだけは下がらず、マーガレットの背後へと近寄ってきた。


 皆と違う動きをしたクレイグに、側近や使用人、そしてゼファーも瞳を凝らす。


 ここはお二人の触れ合いを静観するべく、私たちは地面の石ころとなるため下がらなければならないのに、あの従者は一体何を!?


 皆の冷ややかな視線の中で、マーガレットだけは後ろを振り向いて「ありがとう」とクレイグに告げた。

 するとクレイグはマーガレットの着席していた椅子を引き、深々と礼をしてから使用人たちと同じ場所まで下がっていった。使用人たちの安堵した空気を感じ取ったクレイグは、一人くちびるを噛み締める。


 椅子を引いてもらったマーガレットは立ち上がると、向かいのゼファーのもとへと、ゆっくりと距離を詰めていく。


 しかし痺れを切らしたのか、ゼファーは突然、マーガレットの右手首を掴んで強引に引き寄せた。マーガレットは、ゼファーの腕の中へと吸い込まれるように抱き締められる。


 驚いたマーガレットがゼファーを見上げると、ゼファーは表情の読めない不敵な笑顔でこちらを見つめていた。

 その笑顔から身の危険を感じたマーガレットは、ゼファーの要求を受けてしまった後悔と恐怖心を募らせる。


「おやマーガレット。手が震えているじゃないか、大丈夫かい?」

「も、問題ないですわ」


 本当は問題ないわけがない。

 そもそも、交換条件にキスを要求してくるような人物に気を遣われても、

「無理です。あなたとキスしたくないです」なんて、言えるわけがない。


 前世の法律なら、

 二十二歳の男が十四歳の少女にキスを迫ったら、未成年搾取とかで逮捕されるのに抵抗もできないなんて、婚約者であることが恨めしいぃぃぃぃ。


 マーガレットは体勢を整えると、ゼファーの膝の上に腰を下ろした。

 ゼファーの膝に座るこの体勢は久しぶりだ。




 二年ほど前まで、王太子の婚約者として参加したパーティでのマーガレットの定位置は、ゼファーの膝の上だった。


 しかしパーティの間、挨拶や談笑中でも関係なく、年端もいかないマーガレットを愛でるゼファーの行動に、貴族たちも不信感を募らせ始めた。

 普段は意見しない側近たちもこれはいけないと、「膝に乗せるのは品位を損ねるのでやめてください」と進言したほどである。


 マーガレットが『ゼファーのお人形』と呼ばれる原因となった膝の上の体勢は、マーガレットにとっては黒歴史でしかない。

 そんな辛い思い出のせいか、二年経った今でも、この膝に乗った体勢には抵抗を感じてしまう。



 辛い記憶を思い出して奥歯を噛み締めるマーガレットとは反対に、ゼファーはとてもご満悦だ。


「以前とすると柔らかいな。すっかり女性っぽく、大人っぽくなったね……いや、まだ成長期かな」


 二年の時が経ち十四歳となったマーガレットの身体は、すっかり女性らしい体型へと成長していた。

 ゼファーが何をもって成長期と判断したのか理解できなかったが、視線を感じたマーガレットは胸元を隠したい衝動へとかられた。


 表情が強ばったマーガレットの耳元で、ゼファーは甘い棘を刺すように囁く。


「ねえ、マーガレット。そろそろ、くちづけしてほしいな」

「…………」


 無言のまま、無表情のまま、マーガレットはゼファーの頬へと、くちびるを寄せていく。

 しかし何を思ったのか、ゼファーはマーガレットのくちびるをスッと躱すと、自分のくちびるを指差した。


「違うよ、ここに……」


 え……くち、びる?

 くちびるにキスしろってこと……!?


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