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第125話 虫の居所

 空になったティーカップに紅茶を注ぎながら、だらしなく横になった(あるじ)を冷ややかな笑顔で睨んだロメオは、マーガレットに申し訳なさそうに頭を下げる。


「マーガレットお嬢様、申し訳ありません。イグナシオ様は少々不貞腐(ふてくさ)れていらしゃるところなのです」

「あら、それはまたどうして?」


 首を捻ったマーガレットに返事をしたのは、隣に座っていたフェデリコだった。フェデリコは溜め息まじりに呟く。


「それがね。ボクとイグナシオはさっきまで城にいたんだけど、城の廊下で偶然、ルナリア王女殿下にお会いしたんだ。

ルナリア殿下は嬉しそうに駆け寄ってきて、挨拶をしてくださった。

イグナシオも楽しそうに話していた、はずなのに……ルナリア殿下が去ると、イグナシオの機嫌がなぜだか悪くなっていたんだ。

ボクに怒っているみたいだけど、理由がさっぱりわからなくって困ってるんだよ」

「ははぁーん、なるほど」


 マーガレットはニヤリと笑う口元を隠すように、祖父からもらった自慢の扇子を広げた。そのマーガレットの優雅な仕草を見たフェデリコは、背筋がゾクリと震えるのを感じた。


 彼女はまだ十四歳のはずなのに、ボクが教鞭を()る学園の生徒たちよりも若いのに、時々すべてを見透かされたような大人の魅力を感じるのは、なぜなんだろう。

 あの扇子で隠した口元の裏で、どんなことを考えているのだろうか。


 マーガレットに熱い視線を送るフェデリコは、高鳴る胸を抑えながらマーガレットに尋ねた。


「……もしかして、マーガレット嬢は理由がわかったのかい?」

「おそらくですが、ルナリアを大大大好きなお兄様のことですから、ルナリアがフェデリコ様と楽しくお話したのが、お気に召さなかったのではないでしょうか」

「え!? でもボクはルナリア殿下とは会釈だけで、会話したのはイグナシオだけだったよ」

「あら、そこまででしたか。それならフェデリコ様がその場にいただけでも、許せなかったということかしら。どうなのです、嫉妬深いお兄様?」


「フンっ。嫉妬深さではお前の婚約者には負ける。俺のは嫉妬などという女々しいものではない。ああいう時は気を利かせて、婚約しているルナリアと俺の二人きりにしてくれるものだろっ!」


 ソファから起き上がったイグナシオは勢いよく髪をかき上げ、向かいに座っているフェデリコを軽く睨みつける。

 その噛みつくような鋭い視線を受けたフェデリコは、「信じられない」と目を見開いて呆然とした。


「えーっ……本当にそんなことなの? イグナシオとは十年以上の付き合いだけど、流石に意味わかんないや。君ってルナリア殿下のこととなると、急にいじけた子供みたいになるよね……あ、マーガレット嬢。この謎を解いてくれてありがとう」

「ふふ、私は十四年ほどお兄様の妹をやっておりますもの。ルナリアとイチャイチャできなかったことへの逆恨みですから、フェデリコ様は気にすることはありませんわ」


 紅茶の淡い渋みを舌で味わいながら、マーガレットはふんぞり返る不機嫌なイグナシオに冷ややかな視線を投げつけた。


「ルナリアが関わった時のお兄様の思考は、恋する乙女のように繊細で傷つきやすく、それでいて我が儘なのです。先日もルナリアからデートの誘いの返事が来ないと言って、配達業者まで自分で取りに行ったのですから」

「あははははっ。恋は盲目というけど、まさかイグナシオがとはね。ボクもイグナシオみたいにならないように気を付けよう」


 自分の話題を肴に、妹と親友が勝手気ままに笑い合う光景を横目で見ていたイグナシオの苛立ちは、怒りと恥ずかしさで頂点に達し、ついに口を挟んだ。


「おい、マーガレット。それが人に教えを乞う者の態度か!?」

「……お兄様だってソファに寝転んで、友人を迎えている態度ではありませんわ」

「くっ。お前はあーいえばこういう……本当にお前は可愛くない。もうお前に幾何は教えてやらんっ。部屋からでていけ!」



 ようやく身を起こしたイグナシオだったが、眉間にシワを寄せて再びソファに身を投げ出してしまった。

 顔にクッションを置いておこもりモードに入ったイグナシオに、マーガレットはこめかみを押さえ、溜め息を吐いた。


 しまった。やり過ぎた。

 この感じは、しばらくは本当に教えてくれないわね。


 妃教育の幾何の先生って、あまり教えてくれないクセに問題が解けないと「こんな問題も解けないのか」って馬鹿にしてくるタイプの視野が狭いおじさんだから、幾何が得意なお兄様に教えてもらって、授業自体をさっさと終わらせたかったんだけど。


 あーあ。あのおじさんのお小言をしばらく我慢するしかないかしら。


 自然と溜め息をこぼしたマーガレットを隣で観察していたフェデリコは、

兄妹喧嘩が途切れたところで、ある提案を切り出した。


「それだったら、ボクが幾何を教えてあげようか?」

「えっ……いいのですか!?」



 鶴の一声ともいえる提案に、胸躍らせたマーガレットは身を乗り出してフェデリコに迫った。体温が微かに伝わる距離に、フェデリコは胸の高鳴りを感じて少しだけ身体をのけ反らせる。

 そんなフェデリコの様子には微塵も気付かないマーガレットは、踊り出しそうなほど喜んでいる。


 フェデリコは、学園卒業と同時に助教授に抜擢されるほどの秀才だ。

 実際に、生徒に教える機会も多いだろう。

 もしかして、イグナシオお兄様よりも上手に教えてもらえるのでは!


 控えていたクレイグから幾何の教科書を受け取ったマーガレットは、すぐに教科書を開いてフェデリコへと見せる。


「あの、この問題なのですが……」


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