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第123話 瞳の奥に映るもの

 我に返ったクレイグの目と鼻の先には、マーガレットの可憐な顔が迫っていた。

 マーガレットは翡翠色の大きな瞳を瞬かせ、心配そうにクレイグを見上げている。


 ふんわりと香る甘い香りに心地よさを感じたクレイグは、反射的に息を吸い込んだ。マーガレットはクレイグの不規則な息遣いの意味を知るすべもなく、ただ不思議そうに首を傾げている。


「もうっ、最近どうしたの。具合でも悪いの?」

「いえ、そんなことは」


 クレイグは眼前のマーガレットをまじまじと見つめた。

 二人はすっかり身長に差ができてしまったため、上目遣いでこちらを見上げるマーガレットの艶やかな視線はクレイグの心の奥底をぐいぐいと刺激する。


 ああ、こんな気持ちダメなのに。


 クレイグの心を読んだかのように、ターニャは笑い声をあげる。


「ぷぷっ、クレイグはマーお嬢様に見惚(みと)れてただけだろうから、放っておいていいと思うよ」

「え、まさか~。ふふ、クレイグったら私に見惚れてたの?」


 ターニャの意見に、長い睫毛を何度も瞬かせたマーガレットは、まるで心の奥底まで探るようにクレイグを覗き込む。

 図星を突かれ、思わずたじろいだクレイグは、マーガレットの大きな瞳に映る面白い顔をした自分自身と目が合い、驚愕した。


 僕、こんな顔してるのか!?

 こんなだらしない顔して、隠すこともできないなんて……。

 ああ、本当だ。僕は間違いなく……お嬢様に見惚れてる。


「それは、その…………はい、見惚れていました」

「ふふっ、クレイグったらお世辞が上手いのね」

「え」

「私やターニャだけの時はぼーっとしても問題ないけど、他の方々がいる時は気を付けてね。もし何か悩んでいるのなら、私で良ければ相談に乗るわよ」


 いやいや。あなたに相談してしまったら、それはもう、僕の気持ちを告白することになってしまう。

 それだけは絶対にできません。


 クレイグが返事をせずに黙り込んでいると、マーガレットが悲しみに満ちた仔猫のような瞳でこちらを見つめた。


 あ、相談してほしいんだな。

 でも。そんな顔しても本当にダメです。


 マーガレットの視線から逃れるように、クレイグは窓の外に目を向ける。

 クレイグの視界には、空になった馬車を点検する御者の姿が入った。


「お嬢様、イグナシオ様がお帰りになったようですよ。イグナシオ様に用事があると仰っていませんでしたか?」

「あら、本当? 幾何(きか)の問題でわからないところがあったから、お兄様に教えてもらいに行こうかしら。クレイグ、一緒に付いてきてくれる?」

「はい、喜んで……それと」

「?」

「僕のような従者にまで、お気遣いありがとうございます。

……勘違いしてほしくないので言いますが、先程のことは決してお世辞でなく、

僕は本当に、美しいお嬢様に見惚れていたんです」

「…………へっ!?」


 再び紅潮していく頬の熱を感じながら、クレイグはマーガレットに視線を注ぐ。


 クレイグの真紅の瞳に見つめられたマーガレットの翡翠の瞳は、水面の波紋のように大きく揺れ、その瞬間、マーガレットはクレイグの瞳から逃れるすべを失った。


 二人は視線を重ねたまま、

 時が止まったように、二人だけの甘やかな時間を刻んでいく。


 何の前触れもなく、マーガレットとクレイグから醸し出された淡く甘い雰囲気を、ターニャはすぐに察知した。

 ターニャは素早く靴を脱ぐと、二人の邪魔にならないように、音を立てないようにゆっくりとその場から後退していく。




 マーガレットの脳内は錯綜していた。


 え、どういうこと?

 さっきの見惚れたってお世辞ではなかったの?

 じゃあ、本当に見惚れてたってこと?


 確かにマーガレットは悪役顔ではあるけど美少女ではあるし、クレイグだって男の子なんだからそういうことも、あるわよね。


 私だって、クレイグの横顔に見惚れることが時々あるし……。

 見惚れるって言っても、べ、別にこれは恋とかじゃなくて、綺麗なものを見て喜んでしまう的なアレよ。きれいな風景とか可愛いにゃんコフとか見て、ついキュンってしてしまうし、うん。


 ……でもクレイグは十四歳で、

 それに対して私は(前世)二十歳(プラス)(今世)十四歳のアラサーなんだもの。

 恋だとか愛だとか、そんなことあるはずない……うん、うん!


 見た目は美少女、心はアラサーのマーガレットは、すっかり恋愛をこじらせていた。


 自己完結したマーガレットは気持ちを切り替え、クレイグに屈託のない笑みを贈る。


「ふふ。それならクレイグの言葉がお世辞にならないよう、ずっと見惚れられる主人でいるよう頑張るわ」

「お手柔らかにお願いします」


 漂っていた甘い緊張が(ほぐ)れると、二人はいつものように楽しげに笑い合う。

 連れ立った二人は、イグナシオの部屋へ向かうため部屋をあとにした。


 後片付けを引き受け部屋に残ったターニャは、ソファに腰を下ろして腕を組むと、ターニャの声にしては低い唸り声を上げた。


「うーん。クレイグよりも意外とマーお嬢様のほうが手強いかも……

これは、恋の荒療治が必要かもしれない。ふっふっふ」


 果たして、恋の仲介人(キューピッド)ターニャは何を企むのか……。


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