第122話 マーガレット、14歳になりました
八歳のあの日から六年の月日が流れ、
十四歳になったマーガレットは、息を呑むほどの美しい乙女へと成長した。
フランツィスカ家の屋敷。マーガレットの自室にて。
マーガレットは姿見鏡の前で「うーん」と唸りながら、自分の姿と睨めっこして何かを確認している。
夕陽のように赤く燃える赤毛に、碧い海を思わせる翡翠色の瞳。
そして、しなやかな輪郭を描く肢体。
十四歳の令嬢へと成長したマーガレットは、ゲームのマーガレットの容姿にすっかり近付いていた。
あと二年経てば、私は十六歳になってローゼル学園に入学し、ついに『恋ラバ』が始まる。
ゲームが始まったら悪役令嬢にならないよう、幽閉エンドに進まないように目立たず、騒がず、過ごさなきゃ。
決意を新たにしたマーガレットだったが、鏡に映る自分の姿を見て非常に気になっていることがあった。
マーガレットは自分の胸にそっと両手を置く。
手のひらにすっぽりと収まるほどの胸。
しかし二年後、十六歳になったマーガレットの胸は今の倍以上の大きさになっていると、ゲームの立ち絵から予想される。
現在のマーガレットは首までボタンの付いた、淑やかなドレスを身に纏っている。だがゲームでのマーガレットの服装は、悪役令嬢らしく胸元が豪快に開いた派手で妖艶なドレスばかりだった。
その派手で艶やかなドレスはどれもマーガレットに似合っていたし、悪役令嬢の雰囲気が醸し出され、見ている分には楽しめた。
でもその衣装を自分が着るとなると、少々話が変わってくる。
ただでさえ派手な赤毛に、派手な顔つき。
派手なドレスは断固着ないとして、できれば胸もこのまま控えめでいてほしい。
「どうしたの、マーお嬢様?」
知らず知らずのうちに深い溜め息をこぼしたマーガレットに、ターニャが気遣うように声を掛ける。
十三歳にしてメイド歴七年となったターニャは、すっかりメイド姿も板についている。身長はマーガレットより低いままだが、肩より上のアッシュグレイの髪をふんわりと揺らした可憐な少女へと成長していた。
「大丈夫よターニャ。大したことじゃないのだけど、私の胸がこれ以上大きくならなきゃいいのにと思ったの」
「おっと、何てぜいたく!」
ターニャは瞬時に自分の凹凸のない胸元に手を当て、マーガレットの胸をまじまじと見つめた。
ターニャが何を思ったのかは黙秘しておこう。
「うーん、でも奥様もお胸おっきいし、マーお嬢様もまだおっきくなりそうではあるよね。だって、あたしたち成長期だし……望みはあるよ!」
「はあ、やっぱりそうよね。今くらいがいいのに……クレイグもそう思わない?」
「ぼ、僕に聞かないでくださいっ!!!」
マーガレットとターニャの話を盗み聞いていたらしいクレイグは、発火するのではないかというほど顔を紅潮させて、大層興奮した様子で大声で叫んだ。
突然の従者の叫声に驚き、小さく身体を震わせたマーガレットは豆鉄砲でも食らったような顔でクレイグを凝視する。
マーガレットと同様に十四歳になったクレイグは、マーガレットの身長よりも頭ひとつ超えるほど成長し、遠目でも端正な顔立ちが際立つ魅力的な美少年へと成長していた。
十四歳の思春期真っ盛りのクレイグに爆弾ともいえる不躾な言葉を放ってしまったマーガレットは、申し訳なさそうな声色で静かに言葉を紡ぐ。
「クレイグなら率直に答えてくれるかもと思って、つい聞いちゃったわ。ごめんなさい」
「い、いえ」
まだ少し紅潮した頬に手を当てながら、クレイグはマーガレットに聞こえないくらいの微かな声で呟いた。
「僕はどちらでも」
そう、クレイグからすると胸の大きさは微々たる問題なのである。
それよりも、大変切実で重大な問題をクレイグは抱えていた。
十四歳になったマーガレットは少女のあどけなさが少しずつ抜け、可愛らしい少女から魅力的な大人の女性へと花開いていく真っ最中なのである。
クレイグはそんなマーガレットの姿に、ぼんやりと心奪われる日々がいつしか増えていた。
もちろん先程のように、胸のことを尋ねられるくらいにマーガレットがクレイグを男性として意識していないことは、クレイグも重々承知している。
それでもマーガレットの婚約者のゼファー王太子殿下には負けていない。
王太子よりは好かれていると、いつの間にかゼファーをライバル視する始末である。
いち従者が王太子を敵視するなんて、恐れ多いことだ。
しかし六年もの間、クレイグは、ゼファーの執着に日々耐えるマーガレットの悲痛な姿を見続けてきた。その中で内に秘めた怒りを滾らせたクレイグは、王太子への恐れ多さなど、いつの間にかどこかに置き去りにしてしまった。
ゼファーの仕打ちの中でも最も酷かったのが、マーガレットがパーティの場で、ゼファー以外の男性と言葉を交わすことを固く禁じてしまったことだ。
禁止されてからのお嬢様は、ゼファー殿下の隣で静かに笑っている美麗な人形のようになってしまった。
お嬢様をそんな籠の鳥のように扱うなんて。
お嬢様は自由に羽ばたいてこそ、生き生きとされる方なのに――。
ちなみに従者の僕は、ゼファー殿下からすると人間という扱いをしないらしく、そもそも男の数に含まれていない。
「……レイグ、クレイグ! ちょっと聞いてるの?」
「あっ、すみません」
我に返ったクレイグの目と鼻の先には、マーガレットの可憐な顔が迫っていた。
マーガレットは翡翠色の大きな瞳を瞬かせ、心配そうにクレイグを見上げていた。
お読みいただきありがとうございます。
マーガレットも成長したということで、『サブタイトル』を恋愛ぽく変更しました。
『悪役令嬢マーガレットはままならない
~幽閉エンド回避のはずが、王太子に執着された私は従者に恋をしてしまいました~』
となります。
だんだんと恋愛要素も増えていきますので、よろしくお願いしますm(_ _)m