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第120話 オフィーリアの想い

 マーガレットが眉を潜めていると、グラスバン先生は眼鏡をクイッと上げて意味ありげにニコリと微笑んだ。


「マーガレット様はそう怖がる必要はありませんよ。先日、立太子の儀でゼファー王太子殿下にお目にかかりましたが、ゼファー殿下はマーガレット様以外の妃は娶らないと、皆の前ではっきりと公言なさいました」

「まぁっ、それは素敵。ゼファー殿下がマーガレット様を溺愛していらっしゃるというのは本当なのですね」


 と、夢見る乙女のようなうっとりした表情で話に加わったのは、もう一人の生徒オフィーリア・クロイツァー子爵令嬢だ。

 艶やかな黒髪と、何もかも吸い込んでしまいそうな漆黒の瞳が美しく、どこかエキゾチックな魅力が見る者を惹き付ける。


 ゼファーの溺愛を理由に送られるオフィーリアからの羨望の眼差しに、マーガレットは身震いして目を逸らした。すると悪気のないグラスバン先生も、眼鏡を上げて加勢する。


「いやはや、オフィーリア様の仰るとおりです。ゼファー殿下はマーガレット様のためを思っていらっしゃるのでしょう。

お優しい殿下はきっと、血のお茶会のような悲劇を繰り返さないよう、お世継ぎの問題など考慮されているのかもしれません。

マーガレット様が男子を授かった(あかつき)には、その御子は次代の国王となることが約束されたも同然。それはもう盛大なパーティが開かれることでしょうな、ははは」


 よ、世継ぎ!? 御子!?

 私、中身はともかく、まだ八歳の女の子なのですよ、グラスバン先生ッ!!?


 オフィーリア様も笑顔でグラスバン先生の話を聞いているし、この世界では普通のことなのかしら。

 私は八歳にして『世継ぎ世継ぎ』と、これから言われ続けることになるのだろうか……ああ、先が思いやられる。


 マーガレットが呆然としていると、オフィーリアはそっと手を挙げる。


「グラスバン先生。マーガレット様は少々お疲れのようですし、少しばかり休憩にいたしませんか?」

「ん、ああ。それはいけませんな。では十五分ほど休憩を挟みましょう」


 グラスバンが退室すると、オフィーリアは自分の鞄をごそごそと探り、くるんだハンカチを取り出して、机の上にそっと広げた。

 ハンカチの中には、香ばしいバターの匂いが香る黄金(こがね)色に焼けたクッキーが十枚ほど入っていた。


「マーガレット様もご一緒に召しあがりませんか? クッキーを食べて、嫌なことなどさっさと忘れてしまいましょう」

「え」

「お世継ぎのお話がでた時、マーガレット様はとても青ざめていらっしゃいましたもの。まだお世継ぎなんて急かされるお年ではありませんのにね。

今はゼファー殿下との愛をゆっくりと育んでいらっしゃるところでしょうし……

まったく先生ったら、先生のあの眼鏡割れて遊ばせばよろしいですのに」

「……え!? ……え、ふふっ」

「あら、どうしましたの?」

「いえ、オフィーリア様が『眼鏡割れて遊ばせ』なんて仰るとは思いませんでしたので、驚いてしまいました」


 マーガレットは笑顔を輝かせながら、オフィーリアに勧められたクッキーを口に運んだ。


 パクッ。

 サクサクして程よい甘さで、とっても美味しい。

 この美味しさなら、お世継ぎの話も少しだけ忘れられそう。


 クッキーを味わうマーガレットを静かに眺めていたオフィーリアは、両手の指を絡ませながら恥ずかしそうに切り出した。


「ところで……マーガレット様から見て、私ってどんなイメージですの?」

「えっと、そうですね。モグモグ……いきなり国王陛下と結婚することになった『謎の令嬢』という感じですね」

「やっぱりそうなのですね……実は、私もどうしてエドワード様と結婚することになったのか、いまいち理解できていませんの。気付いたらすべての好条件が整っていたという感じでした。

大公様が亡くなられて、アヴァンシーニ公爵家に領地を減らされ、

収入が減った きりきり舞いの我が家にとって、婚姻で入る膨大な支度金は降って湧いたような好機(チャンス)でした。国王であるエドワード様からの結婚の申し込みに、父も大喜びで二つ返事でしたわ」


 穏やかな口調ではあるが、オフィーリアの表情にはどこか陰があるようにマーガレットには思えた。


 外堀が埋められるって、オフィーリア様のような状況なのかもしれない。


 貧乏貴族の令嬢がお金のために嫁ぐという話はよくあるけど、その相手が国王で、しかもその国王が救いようのない王家壊滅エンドを迎えるエドワード国王だと知っている私からすると、国王との結婚は正直おすすめしない。


 さらにオフィーリアはクッキーを口にしながら、俯きがちに呟いた。


「……実は私も、両親から二年以内に御子を授かりなさいと言われているのです。そしてエドワード様のご寵愛を受けて御子を王太子にと……ふふ、まるでどこかの三文小説のようでしょう。

さしずめ私は、後からしゃしゃり出てきた小悪魔な妃ですわ」


 え、王太子の婚約者に王太子の座を狙ってると話しちゃってもいいの?

 それに、自分で自分のことを小悪魔って言っちゃうんだ……ふふ。


 オフィーリア様って、謎の令嬢じゃなくておちゃめな令嬢なのかもしれない。

 私よりも十歳も上なのに年上ぶらないし、どこか憎めない方だ。


 クッキーの甘い余韻を口に残しながら、マーガレットは不意に胸に浮かんだ疑問をそっと尋ねた。


「オフィーリア様は、自分の御子を国王にしたいとは思わないのですか?」

「まったく思いませんわ。お金にがめつい両親を見て育ったせいか、私はそういった権力とは無縁でいたかったのです。

大好きなマイクと結婚して幸せに暮らしたかっただけですのに、いつの間にか第三側妃になってしまいそうで困惑しています」


 オフィーリアは深く項垂(うなだ)れた頭を上げると、気が晴れたような爽やかな笑みを投げかけた。


「マーガレット様、私の愚痴を聞いてくださってありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。私が嫌がっていることに気付いて、授業を止めてくれてありがとうございます、オフィーリア様」

「とりあえず、先ほど習った血のお茶会のような悲劇には、用心いたしませんとね。ふふ」


 というオフィーリアとの会話を、マーガレットは()(つま)んでフェルディナンドとジルベルタに話した。


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