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第111話 にゃんコフと開かずの扉

 寝間着の袖で寝汗を拭ったクレイグは、ベッドの端で心配そうに見つめている仔猫のにゃんコフに苦笑しながら謝罪した。


「にゃんコフ、起こしちゃったかな。ごめんよ」

「にゃぁ、にゃうにゃぅにゃ~~~ぉ?」

「え。うん、もう大丈夫だよ。ちょっと怖い夢を見たんだ…………お嬢様からいらないって言われる夢」

「にゃぁ~、んにゃんにゃあ、にゃんにゃん!」


 どういうわけなのか、にゃんコフは饒舌に猫語を話し出した。

 にゃんコフの不思議な行動にクレイグが目を丸くして呆然としていると、にゃんコフはクレイグのパジャマの袖を噛んで引っ張り出す。

 その力は猫とは思えないほど強く、子供のクレイグではまったく歯が立たず、どんどん引きずられていく。


「ど、どうしたのにゃんコフ。あっ、ちょっと」


 にゃんコフは力を緩めることなく、今も引っぱり続けている。

 

 何だろう。

 まるで何かを訴えているような――。


 にゃんコフが先導する先には、廊下へと続く扉があった。


「もしかして、ついて来てって言ってるの?」

「にゃ! にゃあ~~にゃうお」


 すぐに立ち上がったクレイグは、廊下へと続く扉を音を立てないように静かに開けた。


 今は真夜中。

 廊下には人っ子一人おらず、静寂が流れている。


 開いたドアの隙間から出たにゃんコフは、さらにクレイグを導くように少しずつ先に行っては振り返って、付いてくるように促している。

 クレイグは無言であとを追いかける。

 にゃんコフが足を止めたのは、使用人塔と本邸をつなぐ扉の前だった。


「もしかして屋敷に向かうつもりなの? こんな時間に屋敷に行くなんて、見つかったら大変だよ」


 各部屋で寝ている使用人たちに気付かれないよう、クレイグは小さな声でにゃんコフに囁いたが、にゃんコフは使用人塔と本邸を隔てた扉に柔らかい肉球を押し当てて、屋敷に行けと訴えているようだ。


 思いがけず頑固を発揮した仔猫のにゃんコフに、クレイグは頭を抱える。


 そもそもこの扉は緊急時のみ使う扉で、いつも鍵が掛かっているはず。

 鍵は家宰のジョージさんが管理していて、僕が従者として働きだしてから開いたところなんて一度も見たことがない開かずの扉だ。

 そうだ。にゃんコフにこの扉は開かないと見せれば納得するんじゃ。


 クレイグはドアノブを回した。

 すると……。


 ―ガチャ。


 開くはずのない扉は、いとも簡単に開いてしまった。



 ★☆★☆★



 マーガレットは自室のバルコニーに座り込んで、月を眺めていた。


 今宵は満月。

 煌煌(こうこう)とした月に照らされ、マーガレットは目を細める。

 ひんやりとした風がマーガレットの頬に触れ、寝ぼけた脳と身体を覚ましていく。

 覚めると同時に鮮明になった頭で、あることを思い出したマーガレットは「はぁーっ」と溜め息を漏らした。


 ――眠りたくない。


 ゼファーと婚約したあたりからだろうか、マーガレットは恐ろしい夢を見るようになった。


 夢の中、マーガレットは何も見えない、何も触れられない暗闇の中に一人で佇んでいる。そこは凍えるほどに冷たくて、ずっといると心がキリキリと痛むような場所。


 何もできずに佇んでいると突如地面は消え、マーガレットは漆黒の闇の中、もがいて、もがいて、もがいて……何も掴めず空を切り、息絶える。

 そんな夢を、もう幾度となく見ているのだ。


 眠ると、またあの夢を見るかもしれない。


 そう思うと、マーガレットはどうしても床につく気になれず、ここ数日間はろくに睡眠を取れずに精神を削られるばかりなのである。

 そして不思議なことに、あの夢のことを考えると頭がズキズキと痛み出す。

 その痛みはまるで、マーガレットが前世のことを思い出そうとするとやってくるあの頭痛に酷似していた。


「もしかして……前世と関係があるのかしら?」


 マーガレットがボソリと呟いた独り言は、独り言ではなかった。


「前世って何の話ですか?」

「…………え」


 マーガレットが見上げると、そこにはにゃんコフを腕に抱いてこちらを見つめている寝間着姿のクレイグがいた。


「……き」


 あまりの驚きに悲鳴にも似た声を出しそうになったマーガレットだったが、(すんで)の所でクレイグがマーガレットの口を押え、声は漏れずにすんだ。

 しかし、主の口を無理矢理押さえつけてしまったクレイグは、この世の終わりのように突っ伏して地面に頭を擦りつけながら、今まで聞いたこともないくらいベラベラと口を動かして謝罪する。


「お嬢様の口を塞いでしまうなんて、賊のような真似をして申し訳ありませんっ。驚かせてしまって申し訳ありません。こんな時間に突然お部屋まで来て本当に申しわけ」

「わかったから。そんなに謝らないで! 私が悪者になった気分よ。ふぅ、あなたがいたことも驚いたけど、今のその謝り方のほうがびっくりしちゃった。それで、こんな時間にどうしたの?」

「あ、それはにゃんコフが……おかしなことを言うと思うかもしれませんが、にゃんコフがお嬢様の部屋へと行くように言っているようだったので……」


 そう話しながら、クレイグは自分でも意味がわからなくなって混乱した。


 にゃんコフに導かれてなんて、自分でも理解できないことをお嬢様に理解してもらえるはずがない。

 寧ろそれを理由に、僕がお嬢様に会いに来たみたいだ……。


 ふとクレイグは、フットマンのネイトがメイドのサラに『夜這い』をしたと、大人の使用人たちがニヤニヤしながら話していたことを思い出す。


 僕はもしかして……お嬢様に『夜這い』をしてしまったのでは?

 何だろう。

 意味はいまいちよくわからないけど、何かくすぐったいような、すごく恥ずかしい気がする。穴があったら入りたい。


 クレイグは顔が熱くなっていくのを感じた。

 しかし、クレイグの背伸びした動揺は杞憂に終わる。


「え、にゃんコフが連れて来たの? にゃんコフったら。いないと思ったら人騒がせ、いえ猫騒がせなんだから、ふふふ」


 と、マーガレットはにゃんコフに楽しそうに話しかけている。

 にゃんコフもニャアニャアと鳴いて答えているようだ。


 そうだ。いつもにゃんコフに話しかけているお嬢様は、きっと僕よりもにゃんコフの不思議な力を信じているはずだ。


 だってお嬢様なんだから。


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