第11話 あなたに会いたくて
「……はい」
渋々頷いたクレイグが顔を上げると、アヴェルがこちらを向いてにこりと笑いかけている。クレイグはそれをアヴェルからの感謝の意と受け取り、会釈で返した。
屋敷の使用人たちの話だと、こちらのアヴェル殿下がお嬢様の将来の結婚相手らしい。まだ婚約はしていないけど、奥様とマルガレタ妃殿下の意向が強く、もう決まったようなものなのだそうだ。
この歳で結婚相手が決まっているなんて僕からすると信じられないけど、見た感じこの二人は仲が良いし上手くいくんじゃないかな。
勉強会を観察していたけど、アヴェル殿下は目で追うようにお嬢様を見つめていることが多かったし、お嬢様も笑顔を絶やすことなく楽しそうにしていた。
二人は僕の知らない長い時間を過ごしてきたのだろう。
従者の考えなど知らないマーガレットは、腕を組んで中指をリズムよくトントンと叩いて「うーん」と唸りながら何か考えている。
「おままごとはどういう配役にしようかしら。まずお母様役を、それからお父様役と子供役も…」
「マーおねぇたまがおかあたまで、わたくちがおとうたまれす!」
「あ、いいわね。よーし、それでいきましょう。じゃあアヴェルは子供ね」
「んーん、マーおかあたまはおかあたまだから、アヴェルじゃなくてアヴィっていうのれす!」
「え、ちょっとルナリアっ」
慌てたアヴェルはルナリアに抗議しようとするが、おままごとのリーダーと化した四歳の妹は強く、聞き耳など持たなかった。
そういえば、アヴェルの母・マルガレタ様はアヴェルのことをいつも『アヴィ』と呼んでいる。ルナリアはそのことを言っているのだわ。
「分かったわ、あなた。さぁアヴィ、いらっしゃい。もう寝る時間よ。ご本を読んであげる」
「え、え、マーガレット⁉」
それからマーガレットにアヴィと呼ばれる度に、恥ずかしくなったアヴェルは赤面を繰り返していた。
結局その後はずっとおままごとをして勉強に戻ることなく楽しく遊び、夕刻にはいつもと同じようにレイティスと一緒にアヴェルたちを見送った。
遊び疲れたマーガレットは大きな欠伸を拵えながら自室へと引き返す。
その道中、廊下で兄・イグナシオと遭遇し不穏な空気が流れたが、マーガレットは澄まし顔で「ごきげんよう、お兄様」と会釈をしてスルーを決め込み、イグナシオも「フンッ」と鼻で返事をして事なきを得た。
十一歳で「フンッ」をマスターしているなんて……『恋ラバ』の登場人物にはいなかったけどお兄様ってすっっっごくいいキャラしてる。
攻略対象者だったら、ツンデレキャラとして人気が出そうなのにもったいない。
攻略対象といえば、私の推しのユーリ君に早く会いたいなあ。
……あれ? もしかして今なら五歳のユーリ君に会える⁉
今度こっそり観に行ってみようかしら。
確か明後日なら、授業も入っていなかったはず……ニヤリ。
★☆★☆★
二日後。
早めに昼食をすませたマーガレットは、少し具合が悪いから休むとクレイグに伝えベッドに入った。
皆さんお察しの通り、マーガレットは具合なんて悪くない。
ベッドに丸めたシーツを敷いて自分の身代わりを作ると、クローゼットにあった一番地味な茶色の服に着替えてマーガレットは誰にも見つからないようにこっそりと屋敷を出る。
目的はもちろん、我が最推しのユーリ君に会うことだ。
昨日はお父様の書斎で見つけた王都の地図をこっそりと書き写して、目的地までの地図を完成させた。これで頑張ってユーリ君のいる聖セティア教会までたどり着けるはず。
いざ聖セティア教会へ、しゅっぱ~つ!
フランツィスカの屋敷は、ローゼンブルク城の周囲の貴族特区と呼ばれる地区にある。
貴族特区は城を囲むようにあり、城から遠ざかっていけば自然と一般市民の暮らす市民街区に近付いていく、はずだけど――
豪華な建物が減り、街の雰囲気がだんだんと変わる中、目の前に現れたY字路でマーガレットは立ち止まった。
この通りを右かしら左かしら? ……地図を確認しても分かんない。
えーっと、困ったときは右かな。ある高名な漫画で読んだわ。
歩き出そうと足を踏み出すと、マーガレットは何者かに左肩をガシリと掴まれ、驚き振り返った。
―――誰ッ⁉