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第107話 ヤツが来る!

 ――ダンッ‼


 我に返ったマーガレットはまたもバルコニーの手摺りを叩く。

 後ろで見守っていたクレイグも、流石にこれ以上は見て見ぬフリはできないと声を掛けようと近付いた。


「お嬢様、落ち着いてください」

「……クレイグ。あの人何なのかしら。怖すぎるんだけど……私の年齢別の髪の毛コレクションとか意味がわからない。もう婚約解消したい。でも王命だから解消できない。王命で強制的に婚約とか、今思うとそこから正気じゃないし」


 たった数日間で、溜まりにたまったゼファーへの不満を一気に吐きだしたマーガレットは、目に涙を浮かべて取り乱している。


「失礼しますね、お嬢様」


 クレイグはそっとマーガレットを抱き寄せて、大切な宝物を触るように優しく頭を撫で始めた。


 マーガレットは不思議な感覚を覚えていた。


 ついこの間、ゼファー様にも同じように抱き寄せられ、これでもかと頭を撫でたり頬にキスまでされたりしたあの時の、心が冷えるような空虚な感情とはまるで違う。

 クレイグのはすごく温かくってすごく安心して、まるで陽だまりのようで……不思議とずっとこうしていたいと思えてくる。何だかこのまま眠れそう。


「お嬢様、元気を出してください。パーティもお茶会も終わりましたし、殿下は学業にお忙しいのでしょう? しばらくは殿下とお会いすることもないかと」

「……うん。うん、そうよね! ありがとうクレイグ。ちょっとナーバスになっちゃってたみたい。私、もう少し頑張ってみる」


 ―トントントンッ!


 部屋とバルコニーをつなぐ窓ガラスが不意に叩かれ、マーガレットとクレイグが目を向けると、そこには悲しそうな顔をしたターニャが立っていた。


「んー、仲良し中のところごめんね。今ゼファー殿下から手紙が届いて、学校が終わったらゼファー殿下がお屋敷に来る……って」


 ―――え。


 クレイグの慰めも虚しく、マーガレットは静かに膝をついて頭を抱えるのだった。



 ★☆★☆★



 ターニャが例の報せを持ってきてから約一時間後。

 王家を示す薔薇の紋章の入った馬車と、二台の馬車、そして馬に乗った護衛騎士たちが屋敷へと到着した。


 王家の馬車からは薔薇の花束を携えたゼファーと側近のミュシャが、二台の馬車からは学園でのゼファーの取り巻きらしい男子学生たちが四人ぞろぞろと下りてきた。


 男子学生たちは、エントランスで待っていたマーガレットに深々と礼をすると、声も出さずにそのまま下がってゼファーの後ろに並んで待機している。

 心なしか、四人はゼファーを崇拝でもしているような瞳で見つめている。


 この人たちもゼファー様の魅了の賜物(カリスマ)にあてられたのだろうか。

 男子まで魅了するとは、賜物(カリスマ)恐るべしだわ。


 マーガレットがまじまじと男子学生たちを見ていると、その視線の先が気に障ったらしいゼファーが静かに語り出した。


「彼らは学園で仲良くしている友人たちだ。君のもとへ行くと言ったら、どうしても挨拶したいと言ってね。君に男性を紹介したくはないが、彼らとは顔を合わせる機会も多そうだからね。まあ、僕よりも君に近付くなんてことはないから安心してくれ」


 何を安心するかは理解できなかったが、マーガレットは笑みを崩さず「はい」と返事をした。


 まさかとは思うけど、ゼファー様の友人たちが私に礼だけして下がったのは、話すことも、ゼファー様より近付くことも禁止されているからかしら。

 ……かなり特殊な友人関係ね。


 呆れたマーガレットの目の前にふんわりとした薔薇の香りが漂う。

 跪いたゼファーが、マーガレットの眼前に赤い薔薇の花束を仰々しく差し出していた。


 いつものこととばかりに、花束を受け取ったマーガレットは笑顔を浮かべている。礼を言ったマーガレットは薔薇の花束を覗き込む。


 今日は一、二、三、四…………十一本の赤い薔薇だわ。

 美しい花をプレゼントされるというのは、まだ八歳の少女でも嬉しいものである。


 そういえばゼファー殿下が屋敷に婚約を宣言しに来た日も、沢山の赤い薔薇の花束をもらったっけ。

 あとで数えたら確か、百八本あったのよね。

 何か意味があるのかしら?


 マーガレットは知らなかったが、百八本の薔薇には『結婚してください』という意味があり、今日もらった十一本の薔薇には『最愛』という意味が込められていた。


 さらに赤い薔薇には『情熱』という花言葉があって、『情熱』に『最愛』、『結婚してください』という胸焼けしそうな熱烈な愛の告白をゼファーからすでに二度も受け、その愛の告白たる花束をマーガレットは笑顔で受け取ってしまっていた。


 ※皆さんも花を受け取る際には気を付けよう。

  もちろん大切な人からもらったのなら、それはとても素敵なことです。


 そんな意味が込められているとも知らないマーガレットは、花束を大事そうに抱えている。そこに静かに近付いてきたのは、前回の花束のプレゼントからしっかりと意味を学習したクレイグだ。

 気付いたマーガレットはクレイグに花束を手渡した。


「クレイグ、こちらの素敵な花束をお願い」

「かしこまりました」


 クレイグは花束を受け取ると、頭を下げたまま後退した。するとクレイグの顔を捉えたゼファーが気さくに話しかける。


「あれ。君はあの時私を助けてくれた従者じゃないか。変わりはないかい?」

「……ゼファー殿下に覚えて頂き光栄に存じます。はい、おかげさまで元気にしております」


 シャルロッテの見舞いの帰りに、マーガレットとクレイグはゼファーの暗殺事件に巻き込まれた。その時、間一髪で暗殺者からゼファーの命を守ったのがクレイグだったのだ。


 クレイグとゼファーのやり取りを見ていたマーガレットは、そっと話に加わる。


「ゼファー様。彼は私の従者のクレイグといいます。クレイグはゼファー様の命もお救いしましたが。実は私もクレイグに救われたことがあるのですよ」

「そうなのかい? クレイグ、マーガレットを守ってくれてありがとう。それにしても何て素敵な偶然だ。クレイグは僕たちのお揃いの命の恩人というわけだね。そうか……そのクレイグがマーガレットの傍にいてくれるのは心強い。これからもマーガレットを守ってくれ、クレイグ」

「はい、もちろんでございます。もしもの時は、この命に代えても『お嬢様に仇なす悪漢』からお守りする所存です」


 ゼファーの言葉に、クレイグは静かに微笑む。しかしその微笑みの奥には、秘めた闘争心が宿っている。


 その様子を後方から見ていたミュシャは、クレイグから計り知れない感情を感じていた。


 あの従者の子の、あの言い方。

 マーガレット様から守る対象に、ゼファー殿下も含んでいるような気がするのは気のせいかしら。


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