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第106話 見えてきた本性

 騒ぎも収まり、主催席への皆の注目が薄れ始めた頃。

 ゼファーは腕の中のマーガレットの温もりを感じながら、側近のミュシャを手招きした。ミュシャが近付くと、ゼファーは冷ややかな視線で一瞥し、鋭く問いかける。


「ミュシャ、先程の令嬢はタイラント伯爵家の者かい?」

「はい。ノーラ・タイラント伯爵令嬢ですわ」

「……確かタイラント家については領民から何件か告発書が届いていたね。あれを精査したうえでタイラント家には厳粛に対処する方針で進める」

「はい、仰せのままに」

「それと……」


 ゼファーはマーガレットの背にそっと触れ、壊れ物でも扱うように優しく撫でながら思案を巡らせる。

 ミュシャはゼファーの背後に立ち、口元にほのかな笑みを浮かべながら、ただ静かにゼファーの次の言葉を待った。

 そして、ゼファーの淡々とした声が響く。


「ローガー侯爵家とブラスキー伯爵家、マナグル伯爵家には今度一切私からの招待状は出すな。私の可愛いマーガレットの陰口を言う娘のいる家を招待する必要はない」

「心得ました。すぐにリストから外すように手配致します。それでは(くだん)の対処をしてきますので私はしばらく外します」

「ああ、よろしく頼むよミュシャ」


 ゼファーの度を越えた命令にも、ミュシャは表情ひとつ変えずに会釈してその場を後にした。

 厳しい顔をしていたゼファーは顔を緩ませると、マーガレットをギュッと抱き締め、耳元で優しく囁く。


「マーガレット。僕たちの大切な日に、こんな大変な目に合わせてすまない。君に仇なすものは貴族だろうと、たとえ王族だろうと排除するから安心しておくれ。君のことは、僕がずっと守ってあげるから……」


 そう言うと、ゼファーはマーガレットの透き通った頬にそっとくちづけをした。

 照れたゼファーは顔を赤くして、紫色の瞳を水に濡れた宝石のように輝かせる。


「君の了承を得ずにくちづけしたことを許してくれ。震える君を見ていたら、つい気持ちが高ぶってしまって……この前も思ったがマーガレットの頬はとても柔らかいな……マーガレット? そんなに固まって、君も照れているのかい?」




 ――ダンッ‼


 ここで数日前の記憶とはいえ、感情に耐えきれなくなったマーガレットは、自室のバルコニーの手摺りに手を打ち付けてストレスを爆発させた。

 あたりに金属音が鳴り響く。

 後ろに控えているクレイグは何かを察し、ただ無言で見守っている。


 あの婚約披露パーティのおかげで、ゼファー様が私を本当に好きで婚約したらしいことは、鈍感な私にもようやく理解できた。

 ただその『好き』が、普通の『好き』よりもかなり重く感じられるのは何故だろう。


 そう、あの時もそうだった―――。




 婚約披露パーティから二日後。

 ゼファーからお茶会に誘われたマーガレットは、翡翠宮を訪れていた。


 マーガレットの姿を見つけるや否や、ゼファーはすぐにマーガレットのある変化を言い当てる。


「前髪を切ったんだね。とても似合っていて素敵だよマーガレット」

「ちょっと切っただけですのに、すぐに気付かれるなんてゼファー様はよく見ていらっしゃいますね」

「マーガレットのことなら誰にも負けるつもりはないからね……ところで、切った髪の毛はどうしたんだい?」

「え、それはもちろん捨てましたが……?」

「ええっ!? 捨てるなんてもったいない。それだったら僕が欲しかったなあ」


 ―――え、どういうことだろう?


 マーガレットは今にも剥がれそうな笑顔の裏で、頭を抱えていた。


 私の髪の毛を欲しいって、何に使うの?

 何かおまじないとか?

 の、呪いじゃないわよね。

 前世じゃ、藁人形に嫌いな人の髪の毛を入れるって言うものだったけど……え、こわっ。


 流石に恐怖を覚えたマーガレットは震える手を握り締め、恐る恐るゼファーに尋ねた。


「あの、私の髪なんて何の役にも立ちません、よ?」

「………………え」


 一瞬、不思議な間が生まれた。

 マーガレットの発言で目を丸くしたゼファーは、頬を紅潮させて饒舌に言葉を連ねる。


「そんなの、マーガレットの一部である髪を、思い出として永遠に保存しておくために決まっているじゃないか。赤毛というのは年齢を重ねると色が変わっていくと聞いたことがある。年齢ごとに髪を保存してその当時のマーガレットを楽しんでいけたら、幸せの極みだろう? あー、できれば0歳のうぶ毛の時からのマーガレットを楽しみたい。ご両親から髪を分けてもらえないかなー」


 紫色の瞳を星の瞬きのように輝かせ、今もゼファーは熱く語り続けている。ゼファーの手は、『何か』を愛おしむように撫で回していた。

 その愛撫する仕草に、マーガレットの心は一瞬で凍りつく。


 私の髪を楽しむって、まさか……見るだけでなく、撫でるの(震え)!?



 ゼファー様がさも当たり前のように語ったので、帰宅後にお母様に髪を保存しているのか確かめると、「そんなわけないじゃない!」と一蹴された。


 しかし質問の意図を察したお母様は、

「マーガレット。あんな変な男につかまって……本当にごめんなさい。アヴェル様ともっと早く婚約していれば……うっうっ」と号泣ながらに謝罪したのである。


 あの高飛車なお母様が、だ。


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