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第103話 幕間〈酒の肴〉

 ゼファーの入学祝賀パーティ閉幕後の夜。 

 金剛宮(こんごうきゅう)。国王の書斎にて。


 息子ゼファーの入学祝賀パーティを無事に終えた国王エドワードは、国一番の家具職人に作らせたオーダーメイドの椅子に身体を預け、ゆったりとした静寂を味わっていた。

 エドワードはヴィンテージ物のとびきりのワインを開け、グラスを揺らしながら香りを心ゆくまで楽しみ、そして――


 ―――コンコンコンッ。


 しかしその至福のひと時は渇いたノック音によって邪魔され、エドワードは溜め息まじりにワイングラスを置いた。


「…………はあ、何だ?」

「失礼いたします、国王陛下。お寛ぎのところ申し訳ないのですが、入ってもよろしいですか?」

「ああ、ゼファーか。お入り」


 ―ガチャ。


 満面の笑みを浮かべたゼファーは丁寧に会釈してから入室する。

 この笑っているのに何を考えているのか掴めないところも、亡きトゥーラに似てきたな。

 と内心思っていたが、エドワードは涼やかな笑みを浮かべてゼファーを迎え入れた。


「今日はご苦労だった。パーティでのお前の振る舞いは王家の者として、王子として完璧だった。私としても鼻が高かったぞ」

「ありがとうございます。私が主催したパーティの中でも規模の大きなものでしたので不安でしたが、どうにか無事に終えられました。これも父上や携わった者たちのおかげです」


 ゼファーの殊勝な態度に触れ、エドワードは満足げに口元を緩ませる。


「ほう、何事も完璧にこなすお前でも不安に思うことはあるのだな。ハハハ、不安と思うなら支えてくれる女性ひとを早く見つけることだ。今日も令嬢たちに囲まれて身動きが取れずに困っていたな、羨ましいかぎりだよ……あんなに囲まれていたんだ。誰か一人くらい妻にしたいと思う女性はいなかったのか?」


 我が息子ゼファーはこの質問だけは「特には……」といつも言葉を濁す。

 それを承知しているエドワードは、芳しい葡萄とアルコールの香りを我慢できずにグラスに手を伸ばしてワインをひと口含んだ。


「実は、おりました」

「ブフォッ。な、何だと!?」


 予想外の返答に思い切りワインを服や机にぶちまけたエドワードは手元のタオルで拭きながら、ゼファーに確認を取る。


「もう一度聞くが、妻にしたいと思う女性が」

「おります。実はそのことについて父上と交渉するために参りました」

「なるほど……そうだったのか。すぐに婚約の申し出を出そう。その令嬢の名を……あ、ちょっと待て。交渉とはまさか、子爵以下の令嬢ではないだろうな。その場合はいろいろと下準備がいるぞ」

「それなら問題はありません。彼女は伯爵家以上ですから、王家に嫁ぐ十分な資格を持っています」

「ふむ、それならば問題ないな。そうか、お前もついに……これでお前の婚約を急がせろと大臣たちから言われなくなるのか」

「ははは、そうですね。まあ問題はあるのですが……」

「ん、何か言ったか。それで、お前の心を掴んだ幸運の令嬢の名は何という?」


 するとゼファーの瞳は熱を帯び、恋い焦がれるようにある人物の名を呼び上げた。


「……私の命の恩人、マーガレット・フランツィスカ侯爵令嬢です」

「…………は?」


 ゼファーがマーガレットの名を口にすると、それまで笑顔だったエドワードの表情が強ばり、和やかだった部屋の空気が一変した。


 父のその反応を見越していたゼファーは、先程と変わらぬ笑みを浮かべている。それはまるで張りついた仮面のようだった。

 その笑みさえ腹立たしく感じたエドワードは、溜まらず声を荒立てる。


「それは了承できない! マーガレット・フランツィスカ嬢は今年の十二月にアヴェルと婚約する予定だとマルガレタから聞いている。お前は弟の次期婚約者を奪おうというのか!?」

「ダメでしょうか?」

「……それは許されんだろう。ほぼ内定している婚約者を奪うなど、人の上に立つ王家の者としてあってはならないことだ」


 まあ、父上はそうくるだろう。

 現在、父上の寵愛を受けている妃は間違いなくマルガレタ第二側妃だ。

 そしてマルガレタ妃との間に生まれた息子のアヴェルと娘のルナリアを、父上はとても可愛がっている。


 父上は母が亡くなってから、僕とシャルロッテのいる翡翠宮には一度も訪ねてくることはなかった。

 それでも忘れてはいないというアピールなのか、玩具やお菓子、ドレスといったプレゼントは父の名で今も毎日届いている。

 シャルはそれを父上からの愛と素直に受け取り喜んでいるが、僕にはそれがとても空虚なものに映っていた。


 人の婚約者を奪ってはならない。

 正論だ。

 父上がそう答えるのも予測どおり。

 だが……。


「父上は……私の行いは悪しき行いと正すのに、王家の頂点たる父上自身の行いはよろしいのですか?」

「…………何を言っている?」


 エドワードの語尾を強めた問いかけにも怯むことなく、ゼファーは穏やかな表情を浮かべている。ゼファーはくちびるの端に笑みを称えて、堂々とした口調で答えた。


「それはもちろん……オフィーリア・クロイツァー子爵令嬢のことですよ、父上」


「っ! ゼファー、その名をどこで!?」


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