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第102話 もしかしたら在ったかもしれない未来

 涙の引いたアヴェルは眉を寄せ、くちびるを尖らせて不機嫌そうに声を絞り出した。


「お母様に見えたのなら婚約はしなくていいのに。ねえ、マーガレットから『婚約破棄』ってできないの?」


 こ、婚約破棄!?

 アヴェルの口から婚約破棄って言葉を聞くと、将来の私がアヴェルに断罪される美麗スチルが目に浮かんで背筋がゾッと凍りついた。

 アヴェルったらどこでそんな恐ろしい言葉を……。

 あ、私の自作の小説か……って、私のせいじゃないの!


 アヴェルの言いたいこともわかる。

 こちらから婚約破棄できれば楽なのだけど、残念ながらこの婚約はそこまで甘くはない。


 眉を下げたマーガレットは、胸の奥でざわめく感情を抑えながら静かに告げる。


「婚約破棄はできないの。王命だから、逆らうと国に反逆した罪で捕まっちゃうんですって」

「そう、なんだ……」

「あっ。でもしばらくしたら、ゼファー様のほうから破棄してくださいって言ってくるかもしれないし、気長に待つつもり」


「ねえマーガレット。もし僕が王命を解除できたら、僕のお嫁さんになってくれる?」

「え」


 首を傾げたアヴェルは、長い睫毛が揺れる紫色の瞳でマーガレットを真っ直ぐに覗き込んでいる。上目遣いのその視線は、マーガレットの心の奥底を探っているような、そんな気がした。


 王命を解除って、アヴェルは何をする気なのだろう?

 せっかくこんな良い子なのに、私のせいで悪いことに手を出して邪悪な道に堕とすなんで絶対に嫌だわ。

 でも、ありがとうアヴィ。あなたのその気持ちだけは受け取っておくわね。


「アヴィ、危ないことはしちゃダメよ。王命を解除させるって言っても、王命を出したのはローゼンブルクで一番偉いあなたのお父様の国王陛下だし、弟が何かしたと知ればゼファー様だってきっと怒るわ」

「父上も兄上も怖いよ……でも」


 アヴェルの身体はカタカタと小刻みに震えている。

 震えてはいるが、アヴェルの瞳は真剣だった。


 アヴェルの覚悟を決めた表情から、本気で自分との未来を考えてくれているのだと、マーガレットは初めて理解することができた。

 それはアヴェルとの婚約を避けられて、「幽閉エンド回避ラッキー♪」と歓喜していたマーガレット自身を酷く醜いと自覚してしまうほどに身に染みるものだった。


 ああ、そっか。ありがとう、アヴィ。

 これからどうなるかわからないけど、あなたのその顔を見られただけで、あなたから幽閉されることはないって不思議とそう信じられる。


 自然とくちびるが緩んだマーガレットは、白い歯を覗かせて微笑みを浮かべる。マーガレットは穏やかに、それでいて軽快に言葉を紡いだ。


「アヴィ、少し様子を見てみましょう。ゼファー様だって、私がちょっと変わってて物珍しいから婚約してみただけよ。そのうち、もっと素敵な女性が現れるかもしれないし、怖いことを考えるのはやめにしましょう」

「う、ん」

「それに……アヴィにだって素敵な出会いがあるかもしれないでしょ!」

「え、僕にそれはないよっ」


 アヴェルは力強く首を横に振って否定したが、マーガレットはニヤニヤと笑みを浮かべている。

 そのマーガレットの笑みは、まるで未来を知っているような、確信めいたどこか含みを感じるものだった。


「わからないわ~、十六歳になってローゼル学園に入学したら、ひとめぼれしちゃうくらい大好きになる女の子に出会うかも。金髪のサラサラ髪で、クリクリした空色の瞳が可愛い心優しい女の子」

「……何でそこだけ具体的なの?」

「んっふっふ~、何でかしら。ねえアヴィ、続きはお庭でお話しましょ」

「あ、うんっ!」


 二人が仲良く扉を開けて部屋を出ると、そこには涙を瞳いっぱいに溜めたルナリアと、ルナリアを労わるように寄り添っているイグナシオがいた。


 ……あのお兄様がそんなに優しいなんて知らなかった。

 意地悪で小煩(こうるさ)いのがお兄様だと思っていたけど、ルナリアに見せる優しげな姿こそ本当のイグナシオお兄様なのかもしれない。


「アヴィにいさまっ‼」


 アヴェルに気付いたルナリアは一目散に大好きな兄の胸に飛び込んで、久しぶりに見た兄の顔に安堵する。

 すると、緊張が切れたらしいルナリアは、琥珀宮中に響き渡るほどの大声で泣き出した。アヴェルも「ごめん」と何度も謝って涙を流している。


 泣いてすっきりしたその後は、マーガレット、アヴェル、ルナリア、イグナシオの四人は、琥珀宮の庭園で美味しいレモンパイを食べて楽しく遊んだ。


 途中でアヴェルの話を聞いた大号泣のマルガレタも合流して、五人でとても有意義なひと時を過ごしたのだった――。



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