第10話 賜物 -カリスマ-
この世界には『賜物』と呼ばれる、神や精霊から人に贈られる魔法のような能力が存在する。
『賜物』は誰もが使えるわけではなく、神や精霊に気に入られた人間、特に貴族の血筋に多く存在している。
もちろん、恋ラバの主要キャラたちには賜物持ちが多く、ヒロインのアリスや王族のアヴェルは賜物持ち、だったと記憶している。
ただし、マーガレットは賜物持ちじゃなかった……はず。
アリスはこう…確か優しい感じの賜物だったと思うのだけど、アヴェルの賜物はアヴェルルートのトゥルーエンドラストの告白シーンでのみ語られて「でも幸せにしたい」みたいな感じで言っていた気が……う――――ん、思い出せない。
なぜこうも曖昧なのかというと、何度記憶をたどってもマーガレットは誰の賜物も全く思い出せないのである。
どうしてこうも私の前世の記憶には欠けた部分があるのかしら。
未だに自分の前世の死因も思い出せないし。
どうせなら前世の記憶を活かして六歳ながらに便利な道具を開発したり、起業したりしてみたかったけど、残念ながらそういう専門的な知識は持っていないみたい。
まあ、元々知識なんてないのかもしれない。どこにでもいる平凡な大学生だったし、授業が終われば乙女ゲー三昧だった気がするし。
そういえば、乙女ゲー仲間だった友達のブリちゃんはどうしているかしら、元気かな?
――ズキッ。
相も変わらず、前世のことをちょっと考えただけで息もできないくらいに頭が痛む。
やっぱり前世について考えるのはやめておこう。
時間はあるのだし、ゆっくりと思い出していけばいいわよね。
「ねぇっ‼」
―ん?
「ねぇってば! 聞いてるのマーガレット」
「あ、なぁにアヴェル?」
可愛らしいアヴェルの声でマーガレットは前世の巣窟から現実へと引き戻された。
実は今、屋敷に遊びに来たアヴェルに勉強を教えてもらっている。
マーガレットが字の勉強を始めて一か月。六歳の脳の吸収力は素晴らしく、多くの単語を覚えたマーガレットはついに本を読めるまでに成長した。
最近勉強を始めたとアヴェルに話したら、一緒に勉強しようとアヴェルの方から誘ってくれたのだ。
それでマーガレットの部屋で、教科書に載っていた『賜物』についての文章を交代で朗読していたのだが、いつの間にかマーガレットの順番になっていたようだ。
教科書をたたんで唇をムッとへの字にしたアヴェルは呆れた視線を送っている。
「もう、やっぱり聞いてなかったんだね」
「ごめんなさい、ボーっとしちゃってたわ」
「お勉強しすぎたかな……ちょっと休憩しようか」
「えぇ、そうしましょ」
「……ねえマーガレット。もし僕が賜物を使えるようになったら、どんな賜物を使えると思う?」
「うーん、そうねぇ」
なるほど。ということは、アヴェルはまだ賜物が使えないのね。
ふむふむ……賜物は生まれた時から使えるわけじゃなくて、覚醒しないと使えないってことか。教えてあげたいのは山々だけど、残念ながら私はアヴェルの賜物を覚えていない。何か思い出す手立てはないかしら。
「参考にしたいんだけど、アヴェルの兄弟の方たちってどんな賜物が使えるの?」
「んー、本当はあんまり言っちゃいけないんだけど、マーガレットには教えるね。ゼファー兄上はモテモテで、シャルロッテは怖くなる。フェルディナンド兄上とルナリアはまだ使えなくて、ジルベルタ姉上は……あれ、何だったっけ?」
モテモテ、怖い、未覚醒に何だったっけ、か。
カリスマっていうから神々しい感じかと思っていたけど、意外と曖昧なのね。
兄弟の賜物を聞けば思い出すヒントになるかと思ったけど、まったく参考にならなかった。だったら、私がこの世界で一番持ちたいナンバーワンカリスマを言っちゃおうかな!
「それなら、この国で一番強くなる賜物なんてどう? 手から魔法を出して敵をバンッバン倒しちゃうの。かっこよくない?」
「え、それかっこいい! 僕その賜物がいい!」
アヴェルは紫色の瞳を宝石のようにきらきらと輝かせ、心躍らせている。
うんうん、憧れるわよね俺TUEEEE。
やっぱり男の子だなあ。子供の頃のアヴェルってこんなに可愛いかったのね。
ゲームだと常に無表情で、ヒロインのアリスの前でしか笑わないし、一人称も僕じゃなくて俺だったし、ゲームが始まる十年間で一体何があったのかしら。
あ、私と婚約して絶望したとかじゃないわよね? だとしたらごめんなさい。
「あ――――――っ、マーおねぇたまみっけ。いっちょにあそびまちょー!」
開いていた扉の隙間から顔を出したのはアヴェルの妹のルナリアだ。
ルナリアは何の迷いもなく、真っ直ぐにマーガレットの元へとパタパタと走って来る。その走りを遮るようにアヴェルが口を開く。
「ルナリア、今マーガレットはお兄様とお勉強中だから遊べないよ。早くお母様のところに戻って、ね?」
「いやっ、にいたまばっかりずるい! わたくちもおべんきょつるから、いっちょにいたいれす」
「う、う――ん。でも……」
突如勃発した兄VS妹。
いつも優しい兄から追い返されそうになったルナリアは、目を潤ませ声も振るわせて今にも泣きだしそうだ。
私の記憶だと、この二人ってとっても仲が良くて口喧嘩なんてしたことなさそうだったのに、今日はどうしたんだろう。それに今休憩にするって言ったばかりなのに、アヴェルったらもう忘れちゃったのかしら。
「今は休憩中だから、その間に一緒におままごとをして遊びましょう、ルナリア」
「やったー、マーねぇたまとあそぶ! えへへー」
「むむむ、それだったら僕も一緒に遊びたいんだけど」
「え、何か言ったアヴェル?」
「あ、いや、その…」
「………マーガレットお嬢様、アヴェル殿下とルナリア殿下の三人で遊んではいかがですか?」
突然、今まで空気のように振る舞っていた従者のクレイグが、マーガレットの耳元で囁いた。
「あ、そうね。アヴェル、あなたも一緒に遊びましょ。そうだ、クレイグも!」
「あ、いえ、僕は従者ですので…」
「いいからいいから。おままごとだし、参加人数が多いほうが楽しいし、ね?」
「……はい」