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第7話 西部貴族たち(side:レナード)

 西の森から十分に距離をとった平地に天幕が並んでいて、その周りには森を警戒する兵士たちがいた。


 そのなかでもひときわ大きい天幕にレナードが入ると、中にいた男たちの視線が集中する。西部貴族の主だった面々だ。


 幼体とはいえど、バジリスクが五体も出現したという西部の危機に対応するために集まっているのだろう。

 天幕の外にいた兵士たちは、彼ら西部貴族が連れてきた彼らの領の兵たちである。


 だが危機を目前にしても、天幕に集まった貴族たちの顔には表情がない。

 レナードを見てまるでお気に入りの舞台俳優に会ったかのようにはしゃいでみせたのは、しんと静まった空気の中でたった一人だけだった。


 「やあやあ、やっと来たか!」


 西部の雄を自称するバウアー伯爵である。

 燃えるような赤毛が自慢だったカタリナの父親らしく、彼の頭髪も炎のように赤い。


 頬をテカらせた中年はにこにこと目尻を下げ、レナードを歓迎して両腕を広げた。

 レナードはうんざりしながら右手を差し出し、鼻白むバウアー伯爵と無表情で握手を交わす。


 表情を消していたはずの西部貴族たちが二人の様子を面白がるような目で見てくるのを、見栄っ張りなバウアーだけが気にして少しだけ抑えた笑みを浮かべた。


 「……あー」


 ゴホンと咳払いをして、バウアーは派手な鎧を揺らした。


 「私が出した王都への一報を聞いたのだろう? 私と貴殿の仲だ。義憤に駆られ、私のためにこうして駆けつけてくれたことは感謝する」


 ちらりと自分を取り囲む西部貴族たちをうかがいながら、バウアーは頭髪と同じく真っ赤なカイゼル髭を指でねじりながら続けた。


 「しかし、バジリスクが数を増して現れたというこの未曽有の危機に対し、来るのがやや遅いのではないかな? 私の呼びかけに応じた西部の貴族たちが一致団結し警戒に当たったおかげで、幸い蛇どもが森から出てくる様子はないが……」


 周囲を横目で見ながら言うバウアーに、レナードは伝令騎士からの書簡を突きつけた。


 「私は〝第二王子殿下が命じたバジリスクの成体討伐の際に私が打ち漏らした幼体のバジリスク五体を、汚名返上のためにグレーネマイヤー男爵家の独力で即退治せよ〟という討伐要請に応じただけで、閣下のために来たわけではありませんが?」


 太い喉をグッと鳴らしてが黙ったバウアーに突きつけた書簡を、彼の斜め後ろにいた顔見知りの子爵へ渡す。

 それを読んだ彼は、不愉快そうに眉をひそめた。


 レナードがバジリスクを倒したおかげで、西部の安全と経済は数十年ぶりに息を吹き返したのだ。

 西部貴族たちにレナードを軽んじるものなど誰もいないし、こちらも誠意には誠意で返している。


 そしてリヒャルトがバジリスク討伐をレナードに命じた事実などないことを、もちろん西部貴族たちは知っていた。

 まして今まで気配すらなかった幼体をどう打ち漏らすというのか。


 だというのに〝汚名を雪げ〟と言われ、独力でのバジリスクの幼体五体の討伐令がレナードへと下された。

 それがいかに理不尽なものなのかということも、彼らはよくわかっている。


 書簡を受け取った子爵が渋い顔のままわずかに体を横へ開き、目線をレナードへと向けた。レナードも視線でうなずく。

 首肯を返した彼が書簡を隣へと回し、それを読んだ貴族がまた隣へと手渡した。


 書簡を読んだ者は皆、眉をひそめるか、口角を下げるか、首を振るか、肩をすくめるかしながら次の者へと回していく。

 彼らの反応のひとつひとつがバウアーの背中に矢のように突き刺さっていくのが、レナードには見えた。


 「第二王子殿下の婚約者の父であり、西部を代表して王都へバジリスク出現の危機を訴えた閣下が、〝|我が家《グレーネマイヤー男爵家》の独力で〟という王家の言葉を知らぬわけもないでしょう。なぜこのように皆様をお集めになったのかを知りたく思います」


 首を傾げつつも、レナードにはバウアーの腹積もりはわかっていた。

 魔物討伐で名を上げたレナードを〝俺とお前の仲〟で呼びつけることができたことや、王家との繋がりを他の西部貴族たちへアピールしたかったのだろう。


 バウアー伯爵家は王子であるリヒャルトを婿に迎えるとはいえ、西部貴族の中で大将として君臨できるほどの名門ではないし、その実力もない。

 バジリスクに警戒すべく集まるのはやぶさかではなかったろうが、西部の貴族たちが集合の音頭をとったバウアーを面白く思ったはずがない。


 伯爵の目的、それに対する周囲の反応。全て予想の範囲内だったので、言葉に詰まるバウアーの答えを待つことなくレナードは言葉を続けた。


 「それと……ご息女はどうやら殿下との婚約を悲劇だとお思いのようですが、それを私に訴えられても困ります」


 レナードは懐からピンク色の封筒を取り出した。伝令騎士がリヒャルトの命令と一緒に持ってきたカタリナの手紙である。


 カタリナがライバル視していたウルスラは、西部の安全と経済の回復に親身だった。だから西部貴族たちはもちろんのこと、中央貴族からも評判が良い。

 そんな才媛へ一方的に対抗心を燃え上がらせたカタリナは、ウルスラから婚約者を盗ること、王子に選ばれることで勝った気でいたのだ。


 しかし意気揚々と婚約の許しを得に王都へ行ったカタリナは、国王陛下による自分の評価が芳しくないことに気づいたようだ。


 全てにおいて王太子である長男に二歩も三歩も及ばないリヒャルト(次男)。そんな次男を立てるため、ロイター家が幼い頃から教育してきたウルスラを、国王はたいそう気に入っていた。

 王妃もそうだ。息子を支えることができるのは、自分の次にはウルスラだけだと期待していたのだ。


 それを突然見ず知らずの伯爵家の娘が、お気に入りのウルスラを追いやって息子の婚約者の座に座った。どうしたってその娘に良い印象を抱けるはずがない。


 そして王子としての出来はいまいちな息子のことを、国王は父親としては愛していた。

 だからこそウルスラとの勝手な婚約破棄と、レナードから手柄を奪うというリヒャルトの暴挙も許している。


 ただし国王の中で、リヒャルトの王子としての評価は今回のことで地の底を這った。


 むしろ単独でバジリスクを討伐できる戦力を国に繋ぎ止めるため、裏でレナードへ相当の権利を優遇し、平民の冒険者に爵位を授け実質頭を下げざるを得なかったことを、国王としては怒っている。


 たとえば討伐したバジリスクの死体は丸ごとレナードのものになった。

 バジリスクから採れる素材をどうするかはレナードの胸三寸で、王家といえどもその素材が欲しいのならレナードへ頼んで金を払う必要がある。

 そしてこれからの魔物の討伐においても、レナードが倒した魔物はレナードに所有権があると国王は認めたのだ。


 レナードは売却した金の何割かをもらった領地が所属する西部の経済復興のために寄付したし、これからも討伐した魔物が暴れていた地域へ寄付するだろう。

 どうにかウルスラの評判に釣り合いたくて行った偽善は図に当たり、王都と西部の貴族を中心にレナードの評判は〝英雄〟として上昇中である。


 こうした出来事と国王がレナードへ一歩譲った事実を、ほとんどの貴族たちは知っているのだ。


 カタリナの手紙によれば、リヒャルトとともに参加したパーティーやお茶会で笑いものにされたらしい。

 さらに周囲の評判から、リヒャルトよりもレナードの方が価値のある()()だということにも気がついたようだ。


 送って来た手紙には、『リヒャルトに騙されて囚われの身になった私を、真の英雄たるあなた(レナード)に救い出してほしい』ということが繰り返し書かれていた。


 「愛が冷めるのはけっこうですが、それを私に訴えられても迷惑です。婚約者からリヒャルト殿下を奪って王都についていったのはご息女の意志ですし、王子殿下を――ひいては王家を侮辱する片棒を担ぐ気はありません」


 手柄を横取りされたことに怒っているし、親馬鹿な国王の対処にあきれてもいる。

 ウルスラの婚約者という神にも等しい席に座りながらよそにいったリヒャルトのことは、心の底から馬鹿だとも思ってはいる。

 けれどだからといって、べつにレナードは国家転覆も王家滅亡も望んではいない。


 ただ超弩級の馬鹿親子だというだけで、他に失政もないのだ。

 心の中ではクソ王家、クソ王子と呟いていても、対外的には敬うのが処世術である。


 レナードが突きつけたピンクの手紙に目を走らせ、内容がレナードの言う通りであり、自分の娘の筆跡であることを確認したバウアーが目を剥いた。

 さらには手紙の最後に検閲済みの判子が捺してあることにも気がついて、噴き出した鼻息でカイゼル髭が大きく揺れた。


 髪と同じ真っ赤な顔色で手紙を掴み取ろうとする手をよけて、レナードは討伐令の書簡と同じように顔見知りの子爵へ手紙を手渡した。

 先ほどと同じように手紙は西部貴族の間を回っていく。


 さっきと違うのは、その手紙を読んだ者たちの表情だ。

 苦笑と嘲笑が混じったような薄ら笑いを浮かべ、バウアーを見て肩をすくめて囁き合っている。

 そんな彼らの反応がまた、動揺で息が荒いバウアーの背中へと突き刺さっていく。


 「何より私はもう結婚しましたので」


 娘の失態に赤くなった顔が青くなったバウアーが、レナードの言葉に一瞬だけ悔しそうな表情をして顔を上げた。

 バウアーだけではなく、天幕に集まった西部貴族の半数が同じような表情をしたのは、


 「おやおや……いつの間に! 君には私の孫娘を紹介しようと思っておったのに!」


 と、天幕に入ってくるなりしわがれた声が言った言葉が理由だろうとレナードは思った。

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