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第4話 灰になる(side:レナード)

 レナードは馬車の中でひっそりと灰になっていた。


 隣にはそのウルスラが座っているが、窓から外を見ているのでレナードからは彼女がどんな顔をしているのかわからない。そして恐ろしくて確認しようとも思わない。

 もしも目が合ったときに毛虫でも見るような表情をされたら立ち直れないからだ。


 馬車の窓から差す光がウルスラに当たり、その影がレナードに落ちる。

 深く濃い影で顔が陰り、もともとあまり人相の良くない自分の顔がさらに凶悪になったことを自覚する。


 王都から領地へ続く道の中継地点で一泊し、また単調な田舎の道を馬車で揺られながら、レナードはふと、今のこの光の当たり方は本来の自分とウルスラを表しているようだと思って唇を歪めた。


 本当ならウルスラはリヒャルト王子の婚約者として、ロイター侯爵家の一人娘として、社交界の華として、誰よりも光の当たる場所で咲き誇っているはずの人だった。


 それなのに、レナードなんかに捕まってしまうなんて。

 よりによって、昔自分の家に勤めていた使用人の息子なんかに。


 可哀想だと思った。

 だけどずっと憧れていて、夢に見るほど欲しかった宝物が、ようやく自分のものとなったことに震えるほど歓喜している自分もいる。


 大きな雲の塊が太陽を覆い、馬車に差す日も弱くなった。

 隣に座るウルスラは黙っている。


 後悔と満足という相反する感情に、レナードも黙って視線を下げた。


 膝の上で握りしめている拳の中には結婚指輪がある。プラチナの台についている乳白色の魔法石は、少し氷砂糖のようにもみえる。

 役所で婚姻届けを提出したその場でついでのように渡してしまった指輪だ。


 魔法石は他の生き物を多く食らった大型の魔物の体内からしか採れないものである。

 麦粒ほどのサイズでも王都に豪邸が建てられるし、そのうえ十年は遊んで暮らせるほどの価値がある。

 この指輪には、レナードが狩ってきた魔物から運よく採れた錠剤サイズの魔法石がついていた。


 そもそもがウルスラの元婚約者である第二王子でも手に入らないようなものをあげたいという、嫉妬心とライバル心からあつらえたものだった。

 ロマンチックなど欠片も無い、残念な代物と成り下がってしまったのも当然といえる。


 当然レナードだって自分の態度が酷いことは自覚しているし、深く反省もしている。

 まず何より出だしが悪かった。


 いくら焦っていたとはいえ、そしてウルスラの父親であるロイター侯爵のことが大嫌いだとはいえ、ブラックジャックで殴りつけるかの如く金貨の詰まった袋を侯爵へ突きつけ、ウルスラを()()()のは最悪だった。それもウルスラの目の前で。


 本当はもっと穏やかに、格好よく颯爽と登場する予定だったのだ。


 だが成金貴族の中でも最悪と言っていい部類の男たちが、リヒャルトとウルスラの婚約破棄が発表された瞬間に涎を垂らして様子をうかがっていた。

 やつらはロイター家が娘を嫁に(売りに)出すことで家の立て直しを図ることを予想し、お互いをけん制しながら虎視眈々と狙っていたのである。


 侯爵にとって一番良い男が……つまりウルスラにとっては最悪の男が買い手になる前に、せめて自分が彼女を買った方が、まだウルスラにとっては生きやすいだろうと思ったのだ。


 少なくともレナードはウルスラが嫌がるのならば、指一本触れずに生涯を終える覚悟がある。


 ――とはいえ、常に微笑みを称えながらも慶事にも弔事にも動じないことで「氷の才媛」と呼ばれるウルスラが、レナードの言動によって驚愕と失望に青ざめていた様子を思い出し、眉間にしわが寄った。


 「はあ……」


 レナードは思わず深いため息を吐いた。

 その不機嫌そうな息の音に、ウルスラの肩がピクリと跳ねる。


 てっきりウルスラは元婚約者のリヒャルトになぞ未練はないと思っていた。


 使用人の息子として彼女と過ごした幼い頃に、リヒャルト好みの女になるようにと侯爵が施していた教育を嫌がっていたのも知っていたからだ。

 リヒャルト殿下のことを好ましく思っていないのに、そのために自分を変えなくてはいけないことに悩んでいたことも知っていた。


 だからリヒャルトが描いた絵を唯一の贈り物だといって、まさかそんなに大事にしていたとは思わなかった。


 レナードが触れるだけでも嫌がった。

 切断面も生々しいバジリスクの頭部を見ても毅然としていた彼女が、あんなにも青ざめた顔で「触るな」と叫ぶとは。


 それほど元婚約者の贈り物を大切にしているということか。

 大切な思い出を、金で花嫁を買うような姑息で汚い男には触られたくなかったのだろう。


 レナードは自分をウルスラにとって最高の男だとは思っていなかったが、それでもロイター侯爵が交渉していた男たちよりはましだろうと思っていた。

 けれどウルスラにとっては、リヒャルト以外の男はみな押し並べて最低の男だったのだ。


 きっと愛情深いウルスラのことだから、あんな幼稚でわがままな男のことでも愛そうと努力したにちがいない。

 そして自分が知らなかっただけで、ウルスラとリヒャルトの間にはそれなりに情を育む出来事があったのだ。


 自分からその座を捨てたくせに、まだウルスラに「大切な存在」と言われるリヒャルトが憎かった。

 できることならこの手で氷漬けにして、バジリスクと同じように首を切り捨てたいほどに。


 幼い頃から献身的に自分を愛してくれたウルスラをあっさり捨てて、カタリナなんていう尻軽に簡単に惚れたリヒャルトへの愛情など、ウルスラもさっさと捨て去ればいいものを。

 そして自分を、少しでいいから好きになってくれればいいのに。


 大切な存在だと言ってくれたらいいのに。


 レナードは結婚指輪をポケットにねじ込みながらそう思った。

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