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第17話 燃え上がる

 教会で行われる人形供養のための浄化の炎を見るような気分で燃える黒歴史を見ていたら、いつの間にかバジリスク退治から帰ってきたレナードが側にいた。


 それはいい。

 屋敷の主が帰ってきたというのに出迎えもしなかった自分を恥じたが、それよりもレナードがおかしい。


 帰ってきたと思ったら、急に思いつめたような顔をして極端なことを言い出したレナード。

 なんだなんだ、急にどうしたととまどっていたら、レナードの冷たい手が、絵を持っていたウルスラの手に触った。


 「俺はあなたのことが好きなんです」

 

 まるでたった今人を殺してきたことを告白するかのような声でレナードが言った。

 愛を告げる口調ではない。


 しかしウルスラはそれよりも前に彼が言っていた言葉の方が気になった。

 ウルスラの望むものはなんでも手に入れるという言葉だ。


 「わたくしはレナードにわたくしの両親のようになってほしくないし、わたくしはリヒャルト殿下のようになる気はないわ」


 リヒャルトのように欲しいと思ったものをなんでも揃えてもらう生活など望んでいないし、レナードにウルスラの関心を得るために物で媚びるようなことはしてほしくなかった。

 大広間に詰まっていた家具や美術品のことを思うと若干手遅れな感じは否めないが、先ほどの発言の後では、大広間の物とこれからウルスラのために買う物とではその感情の向かう方向が違う。


 「お嬢様……」


 ハッとしたように顔を上げたレナードと目が合った。

 ヘーゼルグリーンの瞳が潤んでいる。


 声はずっと聞こえていたし、言葉を交わしてもいたけれど、


 「なんだか久しぶりにあなたと会話をした気がするわ……」


 今思えばウルスラはずっと、リヒャルトのことが憂鬱で半分以上妄想の世界へ意識を飛ばしていた。

 リヒャルトから解放されてもその癖が抜けていなかったから、ハンナたちのことを物語の登場人物のように捉えていたように、レナードのことも彼が本当は何を考えて行動していたのかわかっていなかったし、知ろうとしていなかった。


 だからウルスラへのレナードの態度を冷たく感じてしまったのは、カタリナのことが好きでリヒャルトを制御できなかったウルスラへのやつあたりなのだろうと()()してしまったのだ。

 リヒャルトが駄目にしてしまったレナードの恋路。どうにかそれを前向きなものへと変えようと、元来のレナードからは考えられないような態度でウルスラを買ったのだと。


 人生を懸けて恋した人を得られなかったのだ。ウルスラはレナードのそっけない態度も仕方がないと思っていた。

 まあそれはハンナの証言とさっきのレナードの告白によれば、全くの勘違いだったわけだが。


 でも、ならばなぜレナードの態度はあんなにそっけないものだったのだろう。

 彼がウルスラのことをまともに見ようとしていなかったのは……


 「もしかして、あなたはわたくしのことを好きだからこそ、そっけない態度をとっていたの?」


 ウルスラの言葉に、レナードはサッと目を伏せてうなずいた。


 「殿下の描いた絵をこんなにも大事にしているのです。それほど殿下のことが好きなお嬢様を、金で買って無理やりここに連れてきました。……好きでもない男の妻として。真っすぐには顔を見られません」


 レナードの血を吐くようなその言葉に、ウルスラはようやく合点がいった。

 なるほどつまり、レナードの想い人がカタリナであるとウルスラが勘違いしていたように、レナードもウルスラの好きな人がリヒャルトであると勘違いしていたということか。


 この絵のせいで。


 レナードがウルスラを買ったと言うその日に必死になってこの絵を求めたのは、妄想ノートが隠してあったからだ。絵自体にはなんの思い入れもない。

 黒歴史を書き記した妄想ノートを回収、焼却した今となっては無価値どころか、レナードの気づかいが詰まったこの部屋にかけておくにはむしろ邪魔である。


 「燃やしましょう」


 すっくと立ちあがったウルスラは、勢いのまま絵を暖炉の炎へ突っ込んだ。

 そして振り返り、宣言する。


 「わたくしがリヒャルト殿下を好いているというのは間違いよ」


 ウルスラは、ぽかんとした顔で口を開いたレナードへ語りかける。


 変な男たちに買われる前にレナードの妻となれてほっとしたこと、バジリスクを討伐したレナードのかっこよさ、両親から離れることができた安堵、国王夫妻からの重圧がなくなったことへの解放感、リヒャルトとの良い思い出など皆無なこと。


 レナードが考えてくれたウルスラのためのアフタヌーンティーが楽しかったこと、夫婦の寝室の居心地の良さ。

 大広間へ集められた物に圧倒されたこと……そして何もないこの部屋がどれほど嬉しかったか。


 語っていて、そういえばレナードは昔からとても優しかったことを、ウルスラは思い出した。


 両親が課すリヒャルトのための教育を抜け出して泣きべそをかいていたウルスラを、一番心配して寄り添ってくれていたのは親友のレナードだった。


 父にリヒャルトへの態度を怒られた時は、一緒に庭を見て回ってくれた。

 ウルスラが棒で地面に描いた下手くそな犬の絵をかわいいと言ってほめてくれた。

 だからそれからリヒャルト好みの花しかない花壇を見ても、泣きたくはならなくなった。


 母にリヒャルト好みのドレスとアクセサリーばかりを身に着けさせられて社交界に放り出された日には、夜にこっそりウルスラの部屋のベランダまで登ってきて、綺麗な緑色の鳥の羽根をくれた。

 うわあと声を上げて掲げていたら風に奪われてどこかへ行ってしまったけれど、水を弾くように満月の白い光を反射して、宝石みたいに美しかった。


 国王夫妻からの「息子の良き婚約者、良き理解者になれ」という重圧に負けて悪いことをしたくなったウルスラが、厨房に置いてあった氷砂糖を盗んでしまった時、にこにこしながら一緒に食べてくれたのもレナードだった。


 彼が乳白色の塊を砕いて割って、二人で甘さを分け合って味わい笑い合った。

 ウルスラが犯してしまった〝悪いこと〟も、一緒に砕いて分け合ってくれた。


 レナードと再会してから、彼に対して感じた胸の〝きゅん〟は、リヒャルトが側にいた時に感じた〝きゅん〟とは違って、本物の胸きゅんだったのだろう。

 心臓が冷たくなることもなく、痛みも感じず、頬が赤く熱くなったのは、彼のことが好きだから。


 レナードがカタリナのことを好きなのだと勘違いしていた時だって、彼の葛藤をどうにか良い方向へ昇華できるのならば、ウルスラは彼によってこれから傷つけられるかもしれない自分などどうでもよかったのだ。


 暖炉の中で、燃料を得た炎がひときわ大きく燃え上がる。

 ぶわっと膨らんだ炎が薄暗い部屋をカッと照らし、煙と放射熱に炙られたウルスラの銀髪を紅白にギラギラと染めた。


 「わたくしが好きなのは、今も昔もレナードだけだわ」


 ウルスラの迫力と熱量に圧されたのか、レナードが半ば呆然とした様子でうなずいた。

 わかっていなそうなその様子に、これからじっくり伝えようとウルスラは思った。

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