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十.追想 ~喜びをくれた花~ ―9


「それはだめです。もし、紅月さんの身に何かあったら……」

「それは梔子だって同じだ。ここは帝都なんだ。物盗りや人さらいだってたくさんいる。貴女を一人で待たせられるわけがないだろう」

「でも……」

「お二人とも。ええ、ええ、その通りでございます。紅月さまにも梔子さんにも、ここでお待ちいただくようなことはできません。ですから、少々、ご不便をおかけすることにはなりますが……」


そう言うと、廉寿は梔子に車に乗るよう座席を示した。


「梔子さん。紅月さまのお隣に乗ってください」

「ですが」

「遠慮なさらず。ただ、できるだけ詰めてお乗り頂けますかな」


やがて梔子はためらいつつも、車の中に入ってくる。


「あ、あの。失礼します」


おずおずと紅月の隣に座った梔子だが、廉寿はまだ指示を飛ばしてくる。


「梔子さん。もう少し詰めていただかなくては。……そう、ええ。ええ、それでいいでしょう。さて、これで何とかなりましょうか――」


そうして、廉寿は車椅子を持ち上げ、座席の左側の空いた場所へ器用に乗せた。


しかし、後部座席の半分を車椅子が占めているような状態だ。


必然的に、紅月と梔子は一人分の座席にむりやり二人で乗っているような格好になる。


「梔子、狭くないかい? 私がもっと端に行くから、貴女がもう少しこっちに寄れば、少しは余裕が……」

「いえ! あの、大丈夫です……! 紅月さんこそ、狭くは……」


ばっちりと、至近距離で目が合う。


梔子は大きく目を見開き、間近から紅月を見上げていた。

そうして言葉もなく見つめ合っていると、彼女の頬がみるみる赤くなっていく。


「……あっ、そ、そのっ、ごめんなさい! じっと見たりして……」

「い、いや。それは、私の方こそ……」


なぜだか、梔子の顔をまともに見ていられなくなった。

冷静になろうとすればするほど、余計に落ち着かなくなってしまう。


……どうしても、彼女を意識してしまっている自分がいた。


(落ち着け。彼女はまだ十歳の女の子だ。しかも、智行先生の娘じゃないか……)


律しろ、と自分に何度も言い聞かせる。


けれど座席は狭すぎて、どうしても梔子と身体を密着させていなければならない。


すぐそばに感じる彼女の体温や息遣いに、どうにか平静を装うだけで精いっぱいだった。


「それでは出発させていただきます。時々揺れますからご注意を」

「ああ……頼む」

「よ、よろしくお願いします」


駅から屋敷までの距離は、決して近いとは言えない。

これから数十分もの間、平気なふりをし続けなければならないことを思うと、今にも気が遠くなりそうだった。


少しでも気をそらそうと、窓の外に視線を向ける。


だが、それでも……


車が揺れるたびに、車椅子も大きな音を立てて前後や左右に動く。

車椅子がぶつかって梔子が怪我をしないか、どうしても気になってしまった。


「わっ……」

「梔子!」


舗装の悪い道に差し掛かったのか、がたがたと車が大きく揺れる。

車椅子が梔子の方へ傾きかけるのが見えて、紅月は慌てて彼女を自分の方へ引き寄せた。


すかさず運転席からは廉寿の声が飛んできた。


「大丈夫でしたか!? お二人とも」

「あ、ああ……平気だ」


そう、答えながら。


いや、まったく、平気ではないな……。

胸の(うち)ではそう零さずにはいられなかった。


「あ、ありがとうございます。紅月さん……」


腕の中から、梔子の声がする。

今やもう、ほとんど彼女を抱きしめているような状態だ。


見るな、と自制をかけたが、無理だった。

吸い寄せられるように、梔子に目を向けてしまう。


そうして、後悔した。


紅月を見上げてくる、潤みかけた瞳。

目が合った途端、みるみるうちに色づいていく彼女の頬。


どうしたらいいかわからなくなり、頭がおかしくなりそうだ。


……あまりにも、近い。

そしてあまりにも、彼女が可愛すぎて。


(……私は、どうかしている)


気を抜けば、必死に取り繕っている冷静な態度など、簡単に吹き飛んでいってしまいそうだ。


もはや完全に、紅月は自分の感情を持て余していた。



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