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十.追想 ~喜びをくれた花~ ―8


それから駅前までたどり着いたのは、正午になる頃だった。


人の多いところに差しかかると、視線を感じることが多くなった。

どうやら、主に紅月のせいらしい。

車椅子を使って移動する姿はやはり珍しいらしく、どうしても注目を集めてしまう。


梔子の銀色の髪も人目をよく引きそうなものだが、意外にも注視されることが少ないのは、周囲に外つ国の人々が多く歩いているためだ。


栗色や亜麻色。

明るい金色の髪をした人もいる。

それでも、梔子のように、白雪を思わせるほどに澄んだ髪色は見かけなかったが。


どうやらこの町では、黒や茶以外の髪色は特段珍しいものでもないらしい。


……やがて、切符を買い、駅員にも手伝ってもらいながら汽車に乗ると、ようやく人心地がついた。


紅月が手すりのある扉付近で車椅子を止めると、梔子はそのすぐそばの座席に座る。


やっと落ち着くことができて、思わずため息をついてしまった。


「……疲れたね」

「そうですね。でも、よかったです。無事に乗ることができて……」


目を合わせると、お互いの顔には思わずほっとした笑みが零れ出る。


帝都の駅に着いてしまえば、その後の心配事は少ない。


今も篁家の屋敷を管理してくれている家令が、駅まで車で迎えに来てくれることになっていたからだ。


汽車に乗ってしばらくすると、ふいに聞こえてきたのは規則正しい寝息だった。


見れば梔子は、少しだけ顔を俯かせて寝入っている。

無理もない、と紅月は思った。

早朝からずっと、梔子は紅月に付き添い、細かなことにも気を遣いながら歩き続けてくれていた。


(……ありがとう、梔子)


梔子の安らいだ寝顔を見つめながら、心の中で呟く。

彼女には、どれだけ感謝してもし切れなかった。


そうして汽車は一時間ほどかけて、帝都の駅に近づいていった。


「梔子。もう少しで着くみたいだ」

「……はっ! あ……私、もしかして……」


梔子は飛び起きると、気落ちしたのかしゅんと肩を落とした。


「私……眠ってしまっていたのですね」

「疲れていたのだから、仕方がないよ。少しでも眠れたのならよかった」


しかし彼女は浮かない顔のままだった。

眉をしかめ、不服げな声で言う。


「……全然、よくありません。父さまから、紅月さんのことをきちんとお屋敷まで送り届けるようにと、よく言いつけられていたのに」

「真面目だね、貴女は」


思わず笑みが零れてしまう。

まだ十歳とは思えないほどしっかり者で責任感が強いのに、自分の失態にむくれ顔をするところは年相応だ。


駅に到着すると、梔子が呼んできてくれた車掌の手も借り、汽車を降りた。


駅の建物を出ると、すぐに駆け寄ってきたのは見知った顔の人物だ。


「紅月さま!」

「……廉寿(れんじゅ)


仕立てのよい洋装に身を包み、ボウタイをつけた老年のその男の名は、杉浦(すぎうら)廉寿。

長年に渡り、篁家の家令として仕えてきてくれた人物だった。


「紅月さま。お久しゅうございます。これまで一度も顔を出せずにいたご無礼、どうぞお許しください」

「廉寿。いいんだ。頭を上げてくれ。むしろ、お前に詫びなければいけないのは私の方だ。兄上の死から何もかも、お前に任せきりにしてしまった」

「とんでもございません。度重なるご不幸……私めはいったい何と申し上げてよいか……」


すると、廉寿の視線が紅月の背後へと向けられた。


「梔子」

「はい」


それまで紅月の後ろで車椅子を押してくれていた梔子が隣に立つ。


「紹介するよ、廉寿。彼女は梔子。葉室先生の娘御だ。今までずっと、私を助けてくれていた」


梔子が緊張しているのははた目にもよくわかった。

身をこわばらせながらも、梔子は一歩前に出て挨拶をする。


「初めまして。葉室梔子と申します。今日と明日、どうぞよろしくお願いします」

「あなたが梔子さんですね。紅月さまをお助けいただいて、誠に感謝しております。先生からお話は伺っておりまして、明日まで紅月さまをお助けいただけると……。遠路はるばるお越しいただいて、お疲れでしたでしょう。この後はどうぞ、屋敷で少しでもおくつろぎになってください」


旅は二日間の予定になっていた。

今夜は屋敷に一泊し、明日の午前中の汽車で葉室医院のある町へ戻る旅程だ。


駅を出てまもなく、見慣れた車が駐まっているのが見えた。

けれど車を目にしてすぐに、紅月は思わず車椅子の大きさを確認しないではいられなくなった。


「……載せられるかな」

「まあ、一度試してみるほかありませんな」


そう言って、廉寿も苦笑いを浮かべていた。


車までたどり着くと、杖を頼りにどうにか立ち上がり、脇から梔子に支えてもらいながら車に乗り込む。


かつて弦月が惚れ込んで購入した自家用車は、運転手が乗る前方の席、そして同乗者のための後方の座席という作りだ。


前には運転手しか乗ることができず、後方の席に紅月と梔子の二人が乗り、その上で車椅子も乗せなくてはならない。


後方の席はもともと二人掛けだ。


紅月は外で車椅子と座席とを見比べている廉寿に声をかけた。


「廉寿。やはり無理じゃないかな。私は駅で待っているから、まず梔子を屋敷まで連れていってくれれば……」


けれどそれを聞き、すかさず却下したのは梔子だ。

彼女は首を横に振り、はっきりとした口調で言う。



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