八.ずっと貴女を愛していた ―9
そうして、尚史に別れを告げて。
梔子はついに、紅月に導かれて目的の場所へと向かうことになった。
馬車道通りで馬車を捕まえ、紅月が御者に頼んでいたのは、町の賑やかな通りからは少し外れたところにある地名だった。
「梔子。そろそろたどり着くし、貴女に前もって伝えておきたい。いいかな?」
「はい」
頷くと、紅月は一つ息をついてから、まっすぐに梔子を見て言った。
「今、私達が向かっているのは、貴女のご両親……智行先生と佳江さんが眠る場所だ。こうして伝えておかずとも、もうわかっていたとは思うが」
「……はい」
紅月の言う通りだった。
梔子にはもう、わかっていた。
膝の上に置いた花束に、梔子はそっと目を落とす。
白い菊に、竜胆の花。
それは、馬車に乗る前、紅月が花屋で買い求めたものだった。
しばらくして、人々が住む集落からほど近い、田畑に面した街路で馬車を降りる。
そこから雑木林のある方角へ、小さな路が続いていた。
紅月はその路の先へと歩いていく。
昼下がりの柔らかな日差しが、木漏れ日となって注いでいた。
「智行先生が開いていた病院……葉室医院だが、建物はもう取り壊されてしまっていてね。医院のあった場所は、今は空き地になっている。先生達のお墓は、その近くにあるんだ」
そして――
急にぱっと視界が開け、梔子は思わず目を眇めた。
「ここが……」
目についたのは、あざやかな赤。
広い草地一面に咲いた彼岸花が、秋風を受けて静かに揺らめいていた。
「彼岸花が、こんなに……」
思わず呟くと、隣に立っていた紅月が彼岸花を見つめながら言った。
「去年に訪れた時も、ここには彼岸花が咲き乱れていた。おそらくは、智行先生を慕う誰かが、跡地に植えてくれたのか……。今年も美しいものだな」
紅月は彼岸花を避けながら、草地の奥へと進んでいった。
梔子もその後に続いて歩き――
紅月が立ち止まったのは、空地の外れ、ぽつんと立つ墓石の前だった。
「ここだよ、梔子。……ここに、智行先生と佳江さんがいる」
「…………」
食い入るように墓石を見つめ、梔子は立ち尽くした。
「……父、さま」
震えた声が、喉の奥から零れ出た。
今までずっと堪え続けてきた嗚咽が、堤を破ったように溢れ出る。
「……っ、父さま……母さま……っ、あぁ……ああああぁっ……!」
墓前に泣き崩れる梔子が落ち着くまで、紅月は黙ってずっと待っていてくれた。
どれほどの間、涙に暮れていただろうか。
ひとしきり泣き終えた梔子は、立ち上がって紅月の方を向いた。
泣き腫らした顔はまだひどい有様で、まともに紅月と目を合わせることもできない。
「紅月さま、すみませんでした。たくさん、お待たせして、しまって……」
「いいや。気のすむまで泣くことができたのならそれでいい。……もう、大丈夫なのかい」
「……はい」
大好きだった父も母も、もうこの世にはいない。
実際に両親の墓を目にして、それを思い知らされ、胸にぽっかりと大きな穴が空いたようだった。
けれど、いつまでも泣いてばかりもいられない。
花立てに菊と竜胆を飾り、線香を供えて、目を閉じる。
隣では、紅月も同じようにその場に屈み込み、墓前に手を合わせているようだった。
ふわりと立ち昇る線香の香りの中で、梔子は両親に語りかける。
(父さま、母さま。これまで一度もお参りできなかった親不孝を、どうかお許しください……)
しばらくの間ずっと、そうして手を合わせ続けて。
どちらからともなく立ち上がると、梔子は紅月に尋ねた。
「ここには……誰かがいつも、来てくださっているのでしょうか」
尋ねずにいられないほど、両親の墓はすみずみまで手入れが行き届いていたのだ。
墓石はよく磨かれ、蜘蛛の巣や埃で汚れているようなこともなく。
花立てにも、地面に突き立てられた竹筒にも、たくさんの花が供えられていたのだから。
「おそらくだが……この近くの住民や、以前、智行先生に診てもらったことのある患者達が、今もここに来てくれているのだろうね。先生は関わってきた多くの人に、とてもよく慕われていたから……」
紅月の言葉を聞いて、思い出すのは生前の父の姿だった。
病に倒れた人に温かく接し、熱心に治療をする父の姿……。
そうしているうちに、ふと、梔子は思い出す。
(紅月さまも、父さまの患者だったと……)
紅月が以前、智行の患者だったというなら、昔の梔子が彼と出会った場所は、きっと病院なのだろう。
……今なら、訊いてもいいのかしら。
そう思って、梔子は隣に立つ紅月を見上げた。
すると、彼とまっすぐに視線が重なる。




