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八.ずっと貴女を愛していた ―6


「それは……その、梔子。私とキスをするのを、気に入ってくれたということかな。少しでも、気持ちよくなってくれていたと……」

「――……!」


少しどころじゃない。

あまりに気持ちがよすぎて、いつも頭が真っ白になるくらいだ。


けれどまさか、そんな恥ずかしい感想まで彼に言えるはずもなく、真っ赤な顔でこくりと頷くのが精いっぱいだった。


そんな梔子の反応に、紅月はなぜか、ほっとしたような、どこか力の抜けた微笑みを浮かべる。


「よかった……」

「あ、あの……?」

「……安心したんだ。どうしたら貴女が気持ちよくなってくれるか、そんなことばかり考えて、いつも必死だったから……。何しろ、女性とキスをしたのなんて、貴女が初めてなのだからね」

「…………!?」


ばつが悪そうにそう言った紅月に、梔子は心の底から驚かされる。


「ほ、本当に……私が、初めて、なのですか?」

「ああ。だが、そんなに驚くようなことかな。私は貴女以外の女性に心動かされたことはないし、それに……。貴女が褒めてくれるまでは、自分は下手なのではないかと、なかなか自信が持てずにいたからね」

「…………」


そんなまさか、と梔子は思った。

それほどまでに、紅月の告白は衝撃的だったのだ。


だって、愛し合うのにまだまだ不慣れな梔子と違って、紅月にはいつも余裕があった。

少なくとも、梔子にはそう感じられていたのだから。


それなのに、彼もまた、初めてのキスに必死な思いでいたなんて――


「私が口づけたいと思うのは、もうずっと昔から貴女だけだ。……これで、安心できたかな?」

「……。は、い……」


確かに、安心はできた。

けれど、嫉妬心を打ち明けた恥ずかしさはなかなか消えず、顔の熱も引いていかない。


「……()いてくれた、のかな」

「…………。嫉妬深い女だと、お思いになったでしょう? ……呆れていただいてかまいません」

「まさか。呆れるなんて」

「――んぅ……っ」


極上の蜜のように甘い口づけが落とされる。


「むしろ、嬉しいよ。貴女が、妬くほどに私を想っていてくれたのが、嬉しい……」

「……あ……っ」


抱きすくめられ、続けざまに口づけを受ける。

背徳的なまでに甘く深い、底なしの沼の奥へと引きずり込まれていくかのようだ。


(私は……)


恍惚となるあまりに、視界が潤む。

極限まで甘やかされ、蕩かされながら、梔子はこの上ないほどに思い知らされるようだった。


私は、とても恐ろしい方に魅入られてしまったのかもしれない……と。




それからしばらくして、やっと顔のほてりが収まった頃。


梔子は紅月とともに病棟の中に戻った。

診察前に預かってもらっていた手荷物を受け取りに行くと、看護師が梔子に声をかけてきた。


「梔子さん。そういえば、倉岡先生があなたに確認しておきたいことがあるって仰ってたんですよ。もし都合がよければ、ここを出る前に少しだけ時間がほしいって。先生に声をかけてきてもいいかしら」

「……紅月さま」


紅月に視線を向ければ、彼はすぐに頷いてくれた。


「もちろんだ。さっき私はきちんと挨拶できなかったし、先生に改めてお礼を伝えたい」


尚史はすでに別の予定が入っていたらしい。

待合室でしばらく待っていると、空いていた個室に案内され、やがて尚史も後から姿を現した。


「待たせてしまってすまないね。それで、二人できちんと話はできたのかな」

「はい。このまま、旅を続けることになりました」


紅月はあの後、予定通りに旅を続けたいという梔子の希望を聞き入れてくれた。


梔子はまた、体調を崩して紅月に迷惑をかけるかもしれない。


それでも、何かあればすぐに助けるからと言って旅の続行を決めてくれた彼には、本当に感謝しかなかった。


見つめ合って頷く梔子と紅月を見て、尚史は穏やかに微笑んだ。


「そうか。それならば、よい旅を。私はここで学会と手術の予定があってね、あと数日はこの町にいる。また何かあれば、遠慮なく来なさい」

「はい。ありがとうございます、先生」

「さて、それじゃ、きみ達を見送る前に……梔子さん。私があなたに確認しておきたかったことというのは、あなたの父君のことなんだ」

「私の父……ですか?」


思いがけず父の話になったことに、梔子は驚く。

けれどまもなく、思い出した。


(そういえば、昨日、私が倒れる前……)


尚史は、口にしていたのだ。


葉室(はむろ)の娘と同じ……。あれから何年が経ったか……もしや、この子は……』


先生は、父のことを知っている――?

はっとして尚史を見ると、彼は頷き、おもむろに口にした。


「……葉室智行(ともゆき)

「……!」


案の定、尚史が告げたのは、まぎれもなく、梔子の父の名だった。


「梔子さん。きみの父君の名で、間違いないね」

「……はい」


頷くと、やはり……と言い、尚史は深く息をつき、梔子から視線を外した。

昔を懐かしむような眼差しをして黙り込んだ尚史に、梔子は尋ねる。



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