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六.ここにいたい ―4


          *


梔子、と。

声が聞こえた気がした。


「……梔子」


ゆっくりと目を開けると、そばにいたのは紅月だった。

どうやら梔子は、ずいぶん長い間眠ってしまっていたようだ。

気づけば部屋は薄明るく、朝が来たのだとわかる。


「紅月……さま……」

「せっかく眠っていたのに、起こしてしまってすまないね。具合はどうだい? 昨日と比べて、少しはよくなっているといいが……」


そう言って、紅月はすまなそうに尋ねてくる。


梔子は頷いた。

まだ身体を起こすのはつらいが、飲んでいる薬が少しずつ効いているおかげなのか、昨日と比べればずっと楽になっていたのだ。


「大丈夫です。熱も……少し、下がったかもしれません。ごめんなさい、私、昨夜からずっと眠ってしまっていて」


いつの間にか眠りに落ちてしまったせいか、昨日の夜の記憶がぼんやりとしていた。


昨晩、紅月は梔子のために温かいお粥を作って持ってきてくれた。

梔子の食欲が少しずつ戻ってきたことを、彼は自分のことのように喜んでくれたものだ。


その後、いつものように薬を飲んで、それから……


(寝てしまったのね、私……)


着替えもせず、明かりも消さず、今の今まで寝入ってしまったのだ。

けれど行灯の明かりは消されていて、かたわらには着替えや水差しが置いてある。


梔子が眠った後も、紅月は梔子の世話のために、何度かここに来てくれていたのだろう。


どうにか身体を起こそうとする梔子を、紅月はすぐに押しとどめた。


「いいんだよ、梔子。よく眠れたのならよかった。それで、今日のことなんだが……」


紅月は申し訳なさそうに表情を曇らせた。


「どうしても予定のずらせない打ち合わせが入ってしまってね。少し、外に出なければならなくなってしまった。とはいっても午前中だけで、午後には帰ってこられるはずだが」

「私は大丈夫です。もうずいぶん、身体は楽になりましたから」


梔子が寝込んでから、今日で一週間になる。


はじめの頃こそ、症状は重かった。

熱はなかなか下がらず、喉が痛くてお粥や冷えた果物しか食べられない。

やっとの思いで食べても、吐いてしまうことすらあった。


それでも、この数日の間ずっと紅月が看病してくれていたおかげで、今では順調に回復に向かいつつあったのだ。

しかしそれでも、彼はまだ心配そうだった。


「本当に? 確かに顔色はよくなっているようだが……。無理をしているのではないだろうね」

「はい。本当に、大丈夫です」

「熱は……」


体温計を口の中に差し入れられる。

しばらくして確認すると、思った通り熱は下がっていた。


紅月はまだ逡巡していたようだったが、やがて心を決めたようだ。

梔子の手を握り、幼子によく言い聞かせる時のような声で言ってくる。


「できる限りすぐに帰るよ。いいかい、まだ起き上がってはだめだ。絶対にここでじっと寝ていること。いいね?」

「はい。あの……ごめんなさい。本当に、私のために、何から何まで」

「梔子」


紅月の声が(とが)めるような響きを帯びた。


あ、と梔子は小さな声を上げて口をつぐむ。


(私……また、謝ってしまったわ)


もうずっと、梔子は紅月に甲斐甲斐(かいがい)しく世話をされてばかりだ。


紅月は謝らないでと言うけれど、あまりに彼に申し訳なくて、ふとした瞬間にどうしても謝罪の言葉が口をついて出てしまうのだ。


途端に頬がほんのりと赤くなったのは、もうすでに彼の美しい面差しがそばに迫っていたからだった。


「どうも、貴女のそのすぐに謝ってしまう癖は、なかなか治りきらないようだね。……仕方がない」

「…………! ん……っ」


かすかに漏らした吐息ごと、紅月の唇に絡め取られる。


こうして口づけを落とされるのは、もう何度目だろう。


何かしてもらうたびに謝る梔子を見かねたのだろうか。

何日か前から、紅月は梔子が謝るたび、口づけをしてくるようになった。


身体が弱っている梔子を気遣ってか、それはただそっと触れるだけの、淡くささやかなものだ。


けれどそれでも、こうやって口づけられるたびに、頬が真っ赤に染まっていくのを感じる。


……それは、梔子にはあまりに優しく、甘すぎるお仕置きで。



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