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五.Ma chérie ―14


          *


「何よこれ……! こんなのありえないわ!」


手にした雑誌を床に叩きつけ、鞠花は金切り声を上げた。

鞠花のただならぬ様子を察して駆けつけたのだろう。

すぐさま女中の一人が鞠花の部屋に顔を出す。


「お嬢さま、いったいどうなさいました?!」

「……それ、捨てておいてちょうだい。もう二度と見たくないわ」


無造作に放り出された雑誌を一瞥し、鞠花は吐き捨てるように女中に命じた。

女中はかしこまりましたと一礼すると、すみやかに雑誌を持って去っていった。


けれどひとたび見てしまった写真も、文章も、目に焼きついてしまって忘れようとしても忘れられない。


(篁さまの最愛ですって? あの山姥が……!?)


鞠花が見ていた雑誌は、大衆向けの記事が多く集められた情報誌だった。


庶民にも好んで読まれるもので、その中身の大半は、有名人の私生活に関する噂話や流行りの娯楽のほか、近頃の国政についてわかりやすくまとめた論説などだ。


雑誌は、篁紅月が見初めたという娘について大きく取り上げていた。


篁紅月といえば、今や国中に名の知れ渡る人気画家だ。

名家の令嬢との縁談も多数持ちかけられたにもかかわらず、これまでどんな娘にも見向きもしなかったことで有名だった。


しかしそんな紅月が、突如として、うら若い娘を伴って帝都に現れた。

そんな事態にもなれば、耳ざとい記者達がすかさず記事に取り上げようとするのは当然の流れだった。


鞠花が手にした雑誌の記事は、紅月と梔子の二人が仲睦まじく連れ立って歩いている写真とともに、梔子についてとても好意的に取り上げていた。


『……篁紅月の選んだ御令嬢は、白銀色の珍しい髪をした絶世の美女であった。あれほどまでの美貌を誇る娘は他になく、篁氏に恋い焦がれていた娘達は揃って涙に暮れたのだった……』

『篁氏が最愛とする梔子嬢は、見かけばかりでなく心持ちもたいそうに美しい女性であった。八條伯爵家の御令嬢として育ちながら、炊事洗濯もお手のもの、画業に忙しくする篁氏を献身的に支えていると云う……』


写真に映る梔子は、八條家にいた頃とはまるで別人のようだった。

つきはぎだらけのみすぼらしい服を着て、暗く虚ろな表情をした梔子は、もうどこにもいない。


本来の瑞々しい髪と肌を取り戻し、目を(みは)るほどに美しい衣装に身を包んで、紅月の隣を歩いている――


あの日の使用人の話は本当だったのだと、嫌というほど思い知らされた。


梔子の様子を見てくるよう、鞠花が使用人に命じたあの日。

使用人が街で見たのは、皆から羨望の眼差しを向けられながらデートを楽しむ二人の姿だったというのだから。


「……ありえない」


またしても脳裏によぎるのは、梔子の表情だ。

紅月に向かって花咲くように微笑む、幸せそうな表情。


そんな梔子を見つめ返す紅月もまた、梔子を心から愛しているのがはた目にもわかる、慈しむような微笑みを浮かべていた。


かつて、縁談をまとめるために紅月が八條家を訪れた日。

彼が鞠花に向けてきた、凍えるように冷たい表情とはまるで違う……


(こんなの、絶対に認めないわ!)


もはや鞠花は、冷静に物事を考えることができなくなっていた。

いても立ってもいられなかった。

憤然として自室を出ると、父の書斎へと駆け込む。


「お父さま!」


鞠花は頭に血が上った勢いのままに、紅月と梔子の婚約を破棄するよう、父に申し出るつもりだった。


あの口無しは教養もないし話も下手な、つまらない娘だわ。


少しくらい綺麗になったところで、あんな不出来な娘に篁さまの妻なんて務まるわけがない。


ね、お父さまだって、もちろんそう思いますでしょう?


八條の名に泥を塗られる前に、一刻も早く、あの愚図をこの家に呼び戻すべきですわ。


……けれど。

鞠花を待ち受けていたのは、これまでに見たことがないほど青ざめた顔をした両親の姿だった。


「お、お父さま。お母さま……?」

「いったいどうなさいますの、あなた!」


母、弥生子(やえこ)が甲高い叫び声を上げた。

弥生子がこんなにも取り乱しているさまを見るのは、初めてだ。

その手にあるのは、先ほど鞠花が持っていたのとは別の雑誌だった。


「忌々しい……! 今すぐに訂正の記事を出すようお命じになられませ! ここに書いてあるのは、根も葉もない真っ赤な嘘だと……!」

「お母さま、私にも見せてくださいませ!」


母が手にしていた雑誌を無我夢中でめくる。

やがて鞠花は、何がこうまで両親を追い詰めているのかを理解した。


「な、何よ、これ。何なのよ……!」



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