表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/161

十七.婚礼の日 ―求婚― ―2


(梔子は……今、どうしているだろう)


どうやら、吹雪(ふぶ)いてきたらしい。


身体を縮めて強烈な寒さを(しの)ぎながら、どうしても、考えてしまうのは彼女のことばかりだ。


梔子は、寒さにとても弱かった。

冷たい風が吹くと羽織をかき寄せ、赤らんだ指先に息を吹きかけていて。


こんなに冷える夜なのだ。

どうか、彼女が、身体を冷やしていなければいい。

温かな場所で、過ごしていてくれればいい――


「……っ」


ふいに、腹が強く痛んで、思わずうめき声が零れ出る。

寒さが厳しくなってきたせいか。

せっかく収まってきていたのに、ならず者に殴られた時の痛みが、また強まってしまった。


(一文無しに……なってしまったな)


なけなしの所持金は、あっけなく根こそぎ盗み取られてしまった。

何一つ救いのない状況に、もはや苦悩を通り越し、笑いが込み上げてくる。


紅月が所有していた財産もまた、梔子の後見役となる静貴にすべて託した。

それでも、彼女が幸福になったのを見届けるまで、紅月は何としてでも生きていかなければならない。


手始めに、髪を切った。

紅月の顔は、世に知れ渡りすぎている。

周囲に知られないように、髪を切り、顔を汚し、名も変える必要があった。


いくつか日雇いの仕事をしたが、もともと描くことにしか能がなかった身だ。その上利き手が動かないとなれば、どんな仕事もろくにできるはずもなく。


結局は迷惑をかけた挙句、怒鳴られ、殴られ、得られたのは怪我とごくわずかな金のみだった。


(役立たずだな……私は)


今の紅月には、何の価値もない。


……否。

今、だけではない。

兄を守れず死なせてしまったあの時から、紅月は何一つ値打ちのない存在だったのだ。


今まで、そんな自分でもかろうじて生きてこられたのは、すべて梔子のおかげだったのだと、これ以上ないほどに思い知らされる。


「梔子。私は、やっぱり……貴女(あなた)がいなければ、生きてはいられなかったみたいだ」


……それは、決して許されない望みだった。

痛いくらいにわかっている。

けれど。


(梔子の料理が……食べたい)


願ってはいけない。望んではいけない。

そう、自分に必死に言い聞かせれば、言い聞かせるほどに、愚かな願いは尽きることなく、溢れ出して止まらなくなってしまう。


(貴女の作る料理が食べたい。貴女の声が聞きたい。貴女に……そばにいてほしい)


凍えた風が、頭上を吹きすぎていく。

ついに骨の髄まで凍りついたのか、身体の感覚は鈍くなりつつあった。


右手には、まだなお梔子が巻いてくれた包帯をつけたままだった。

もはや、この右手の包帯だけが、彼女の存在を感じられる唯一の品だ。


すがるように右手を抱き込み、その日も夜を耐え凌ぐ。

静まり返った冬の夜は、果てしなく長く――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ