十七.婚礼の日 ―求婚― ―2
(梔子は……今、どうしているだろう)
どうやら、吹雪いてきたらしい。
身体を縮めて強烈な寒さを凌ぎながら、どうしても、考えてしまうのは彼女のことばかりだ。
梔子は、寒さにとても弱かった。
冷たい風が吹くと羽織をかき寄せ、赤らんだ指先に息を吹きかけていて。
こんなに冷える夜なのだ。
どうか、彼女が、身体を冷やしていなければいい。
温かな場所で、過ごしていてくれればいい――
「……っ」
ふいに、腹が強く痛んで、思わずうめき声が零れ出る。
寒さが厳しくなってきたせいか。
せっかく収まってきていたのに、ならず者に殴られた時の痛みが、また強まってしまった。
(一文無しに……なってしまったな)
なけなしの所持金は、あっけなく根こそぎ盗み取られてしまった。
何一つ救いのない状況に、もはや苦悩を通り越し、笑いが込み上げてくる。
紅月が所有していた財産もまた、梔子の後見役となる静貴にすべて託した。
それでも、彼女が幸福になったのを見届けるまで、紅月は何としてでも生きていかなければならない。
手始めに、髪を切った。
紅月の顔は、世に知れ渡りすぎている。
周囲に知られないように、髪を切り、顔を汚し、名も変える必要があった。
いくつか日雇いの仕事をしたが、もともと描くことにしか能がなかった身だ。その上利き手が動かないとなれば、どんな仕事もろくにできるはずもなく。
結局は迷惑をかけた挙句、怒鳴られ、殴られ、得られたのは怪我とごくわずかな金のみだった。
(役立たずだな……私は)
今の紅月には、何の価値もない。
……否。
今、だけではない。
兄を守れず死なせてしまったあの時から、紅月は何一つ値打ちのない存在だったのだ。
今まで、そんな自分でもかろうじて生きてこられたのは、すべて梔子のおかげだったのだと、これ以上ないほどに思い知らされる。
「梔子。私は、やっぱり……貴女がいなければ、生きてはいられなかったみたいだ」
……それは、決して許されない望みだった。
痛いくらいにわかっている。
けれど。
(梔子の料理が……食べたい)
願ってはいけない。望んではいけない。
そう、自分に必死に言い聞かせれば、言い聞かせるほどに、愚かな願いは尽きることなく、溢れ出して止まらなくなってしまう。
(貴女の作る料理が食べたい。貴女の声が聞きたい。貴女に……そばにいてほしい)
凍えた風が、頭上を吹きすぎていく。
ついに骨の髄まで凍りついたのか、身体の感覚は鈍くなりつつあった。
右手には、まだなお梔子が巻いてくれた包帯をつけたままだった。
もはや、この右手の包帯だけが、彼女の存在を感じられる唯一の品だ。
すがるように右手を抱き込み、その日も夜を耐え凌ぐ。
静まり返った冬の夜は、果てしなく長く――