三.安らぎと決意 ―1
青く澄んだ晴れ空の下。
桶から取り出した洗濯物をぎゅっと絞り、梔子はふうと息をついた。
時おり涼しい風が寄せ来て、汗の滲んだ肌に心地よい。
季節は、ついに夏本番に差しかかっていた。
桶の中の水が照り返す日差しに、思わず目を眇める。
(……これで、よし)
広げた洗濯物を次々に干していく。
ふわりと漂う石鹸の香り。
青空を背景に翻る洗濯物を見ていると、気分まで晴れやかになるようだった。
入道雲の下、絶え間なく響く蝉の声を聞きながら、梔子はふと思う。
(もう、ここに来てひと月も経つのね……)
梔子がやっと炊事や洗濯といった家事を任せてもらえるようになったのは、紅月のもとで過ごすようになって数日経ってからのことだった。
彼はそれでも梔子の手の傷を心配してくれていたが、いつまでもじっとしてはいられなかった。
何もしないでただ過ごしているのは、どうにも梔子の性に合わなかったからだ。
それに……
(こうやって家事をしているのは……楽しい)
八條家にいた頃とは違う。
あの家ではどんなに身を粉にして働いても、それが当たり前だった。
けれど、今は――
お盆を抱え、梔子が向かうのは屋敷の離れの、庵のような建物。
そこに、紅月が仕事場として使っている部屋はあった。
(外の国の言葉でアトリエと言うのだと、紅月さまが仰っていた……)
庭に向かって開いた障子戸の向こうからは、かすかに独特な匂いが漂ってきている。
はじめは戸惑ったけれど、今ではもうすっかり慣れた、揮発性油の匂いだ。
梔子は縁側にお盆を置くと、そっと室内を窺った。
床にも壁にも、鉛筆や帳面、さまざまな画具や資料で溢れた部屋の中で。
「…………」
紅月は長着の上に作業用のエプロンを身につけ、画布に向き合っていた。
何日か前に見た時には下描きの状態だった絵が、少しずつ色づき始めている。
(あれは、何かしら? 動物……? でも、あんな動物は見たことがない……)
おそらくは異国の風景を描いた絵なのだろう。
月明かりに照らされた平原を、こぶのある馬のような動物にまたがった人々が歩いていく。
人々の装束もまた、梔子が見たことのない、色あざやかで不思議なものだった。
数十年前の開国以来、この国は海の外の多くの国々と交流を持つようになった。
紅月はもうずっと長い間外つ国で過ごしてきて、この国に帰ってきたのは本当に最近のことなのだという。
ならば今、紅月が描いているのは、彼がその目で実際に見てきた外の世界の風景なのだろうか――
ふと、紅月は絵筆を置いた。
絵の具が新たに必要になったのか、彼はかたわらにあった真鍮製の容器に手を伸ばして、
「……梔子?」
「あっ」
顔を上げた紅月とまっすぐに目が合ってしまった。