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十六.別離、そして希望 ―10


それから静貴は、これまでの経緯をすべて梔子に説明してくれた。


紅月の屋敷に誰もいないことに気づくと、リリアーヌにも協力を頼んで、梔子を捜し始めたこと。


昨夜遅く、葉室医院の跡地で倒れていた梔子を見つけ、急ぎ宿を取って休ませてくれたこと。


そのまま、静貴とリリアーヌは梔子が目を覚ますまでそばにいてくれたこと……


「申し訳ありませんでした、静貴さま。リリィも……。本当にたくさん、ご迷惑をおかけしてしまって」

「謝らないでくれ、梔子さん。むしろ、謝罪が要りようなのは僕の方だ。本当なら、僕は昨日の早いうちにきみを迎えに行かねばならなかったのだが、いろいろと手違いというか、見落としというか、何というか、問題事が起きてな……。まあとにかく、本来であればきみがあの男をあちこち捜し回って苦労することもなかったのだ。面目ない」

「何よ静貴。その手違いっていうのは。何だか言い訳がましいわ」

「……ああ、そうだな。言い訳は、やめておこう。僕のミスで、危うくあの男からの手紙を破棄するところだったのだ。その手紙に書かれていたことを、梔子さん、きみにも伝えておこう」


そう前置きし、静貴が語ったのは、紅月から送られてきたという手紙の内容だった。


自分はもはや、画家を続けることは難しい身の上になってしまったということ。

直接には何も伝えず、梔子のもとを去るつもりだということ。

そして今後、一人きりになってしまう梔子の後見人を、信頼する静貴にお願いしたい、と。


その他にも、依頼を受けていた客先にはすでに説明の文書を送っていること、返金の手続きまですませてあることなどが、こまごまと記されていたらしい。


「……先ほど確認させたところ、僕の口座にとんでもない金額が払い込まれてあったそうだ。おそらく、紅月はその財産のほぼすべてを僕を通じて、梔子さん、きみに残していったのだろう」

「じゃあ、紅月は……」


心配そうな声でリリアーヌが言うと、静貴は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえて答えた。


「ろくに金も持たず、ほとんど身一つで出て行ったのだろうな。……これ以上は、呆れすぎて物も言えん。あの大馬鹿が……!」


静貴の言葉に、梔子は血の気が引くような思いだった。


現実を拒否するあまり、今にも気を失いそうになるのを、青白くなった手を握りしめることでどうにか堪える。


何もかも失った紅月が、今度は何を考えるか――

けれど、息をつまらせる梔子に気づいたか、すかさず静貴が言い足した。


「……梔子さん。きみの考えていることは、僕にもわかる。きみは、紅月が、絶望のあまりまた死のうとするのではないかと、そう考えているのだろう。確かに、あの男の性格を考えればあり得ないどころか……正直なところ、ごく自然な流れだろうが」

「ちょっと、静貴。梔子の前で、いったいなんてことを言うのよ」

「リリアーヌ。話は最後まで聞きたまえ。梔子さん、きみもよく知っての通り、紅月はとにもかくにも繊細な男だ。心は(もろ)く、傷だらけで、本来なら叫び出したいほどの苦悩に苛まれようと、誰にも救いを求めない。そのくせ、はた目には悩みなど何もないかのように、外では優雅に振る舞いたがる。それが、篁紅月という呆れた男の実態だ。……だがね、僕はこの状況で、あの男が死のうとするはずがないと考えている。少なくとも、遠くから見ていても、梔子さんが幸せになったとはっきりわかるまではね。きみの幸福が果たされないうちに死を選ぶなど……奴は、そこまで無責任な男ではないはずだ!」

「静貴さま……」


はっきりと言い切った静貴に、梔子は思わず瞠目(どうもく)する。

気づけば、手の震えは少しずつ収まっていく。


「……いらっしゃる、のでしょうか」


声は滲んで、掠れてしまう。

必死に喉に力を込めて、梔子は言った。


「紅月さまは、死を選んだり、しない……。今も……どこかで、生きて……っ」

「当たり前だ。梔子さん。奴は今だって生きている。そして僕達は、必ずあの男を見つけ出すのだ。きみはまた、紅月に会える。だからきみはもう、そんなふうに泣く必要などないのだ」


差し出されたハンカチーフに、一度止まったはずの涙がまた溢れ出してしまう。


これ以上優しくされ、温かく励まされたら、一刻も早く泣き止みたいというのにいつまでも泣き暮れてしまいそうだった。



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