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十六.別離、そして希望 ―1


それから十日後。

紅月(こうげつ)が負った怪我は回復し、ようやく退院の日を迎えた。


「やれやれ、やっと帰ってこられたね。まったく、思い返してみればみるほど大変な目に遭ったものだ」

「そうですね……本当に」


車から降り、辟易(へきえき)したように言う紅月に、梔子(くちなし)も苦笑する。


その日。

梔子は紅月とともに、ようやく住み慣れた屋敷に帰り着いていた。


何せ、屋敷に帰ってくるのは聖誕祭の日以来のことだ。


聖誕祭の夜に紅月が刺され、そのまま静貴のいる藤川(ふじかわ)邸で世話になり。

そしてまもなく、梔子を狙った八條(はちじょう)家と最上(もがみ)伊佐治(いさじ)によって、陥れられて。


それから十日もの間、紅月は入院を余儀なくされていたのだ。

数えてみれば、もう半月近く、屋敷を離れて過ごしていたことになる。


「ああ、まったくだ。紅月、きみとは長い付き合いだが、こんなに手を焼かされたのは初めてだ。後生だから、こんな騒ぎはこれ一回きりにしてくれたまえよ」


車の扉が開く音がしてまもなく、背後から聞こえてきたのは静貴(しずき)の声だった。


聖誕祭の夜以来、紅月の車は藤川邸に置かれたままだった。

とはいえ右手の傷が完全に塞がるまで、紅月は運転することができない。

そのため、代わりに藤川家の使用人に運転してもらうことで、今日、二人は屋敷に帰ってくることができた。

その後ろから、静貴の運転する車がついてきた格好だ。


「静貴」


紅月は後ろを振り返ると、顔を歪める静貴に目を向けた。

それからまっすぐに静貴に向き直り――


直後、あたりに響いたのは、珍しく静貴が狼狽する声だった。


「な、何なのだ、紅月。これは、いったいぜんたい、何の真似だ?」


戸惑って後ずさる静貴の前で。


(紅月さま……)


梔子もまた、しばらくの間、食い入るように見つめずにいられなかった。

紅月が、静貴に向かって深く頭を下げている姿を。


「お前には、本当に迷惑をかけた。私達を助け出してくれたこと……私のいない間、梔子を邸で過ごさせてくれたこと、感謝してもしきれない。だから……ありがとう」

「…………」


静貴はどうやら、どんな反応を返したらいいかわからずにいるらしい。

ぽかんとして、まるで奇妙な生物でも前にしているかのように、腰を折る紅月を凝視していた。


けれどやがて。

照れの現れだろうか。静貴の顔が赤く染まる。


「な、ななな、何をしているのだ、きみは! 似合わないことはやめたまえ! い、今すぐにだ! いつも憎まれ口ばかり叩くきみがそんなふうに殊勝にしているのを見るのは、す、す、すこぶる気味が悪い!」

「静貴さま。私からも、お礼をさせてください。静貴さまがいらっしゃらなければ、私も、紅月さまも、こうして無事に帰ることはできませんでしたから」


狙われた梔子と紅月をかくまい、そして捕らわれたところを警察とともに救い出してくれたのは静貴だ。


だから梔子も、紅月の隣に並んで頭を下げる。


「や……やめないか、きみ達。僕は、その、友として当たり前のことをしたまでなのだから」


ついに居たたまれなくなったのか。

静貴はわざとらしく咳払いをすると、あからさまに目をそらして言った。


「とにかく、僕はこれから、仕事がある。紅月、きみは傷が癒えるまで、おとなしく休業していることだ。いいか紅月。何度も言うようだが、今度こそじっとしていたまえよ。くれぐれも、僕や梔子さんの心労をこれ以上増やさないでくれたまえ。それではな」


そう言って、静貴は使用人とともに車の中へ戻っていく。

その、去り際。


「――……」


紅月にはわからないようにさりげなく、静貴が梔子に視線を向けてきた。

それは、昨日、静貴と話した時と同じ、苦々しさの滲んだ視線だった。


梔子はその視線に、かすかに頷いて返す。

梔子も、静貴と同じ心境だ。


……思い出すのは。

紅月の退院を前に、梔子を呼び出した静貴から打ち明けられた話だった。



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