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十四.ここにいて ―7



ひとまず、静貴に付き添ってもらいながら、梔子は屋敷の中を確認した。


幸い、何かを盗まれたり、内部を荒らされたりしたような形跡はなかった。

屋敷内は何もかも、昨日の朝、出かける前と同じ状況を保っている。


……それでも。

未だ震えが止まらない手を、梔子はぎゅっと握りしめる。


瞼の裏には、頭部や腹を傷つけられて絶命した動物の死骸が、はっきりと焼き付いてしまっていた。


誰が、いったい、何のためにこんなことを。

着替えを風呂敷に包みながら、恐怖は少しも薄れていかなかった。


「梔子さん。必要な物は揃っただろうか」

「……はい」


静貴も事態を重く見たのだろう。

硬い表情のまま、彼は呟いた。


「警察に伝えねばならんことが、また一つ増えたな……」

「…………」

「昨日の今日だ。偶然とは言えまい。同じ輩による仕業と考えていいだろうな」

「そう……ですね」

「……梔子さん」


上の空の梔子を見かねたのだろうか。

静貴が言った。


「大丈夫だ。きみも、紅月も、僕の大切な友人だ。必ず、きみ達のことは僕が守ろう。だから安心するといい。……さて、もう戻れるかね? いつまでもきみを連れ出していては、紅月にどんな苦情を言われるかわからないからね」


少し冗談めいた静貴の口調からは、彼が何とか梔子を励まそうとしてくれているのが窺えた。

そんな静貴を見ているうちに、少しだけ心が落ち着いてくる。


不安は、消えない。

それでも、こうして支え、助けようとしてくれている人がいるのだ。


いつまでも怯えるばかりではいけないと思った。


「……はい。ありがとうございます、静貴さま。それと、申し訳ありません。いつも、静貴さまにはお世話になるばかりで」

「いいんだ、気にしないでくれ。きみ達の助けになれればと、僕が自分の好きでしていることなのだからね。このくらいでよければ、いくらでも力になるさ」


藤川邸に帰り着くと、そこで梔子は降ろされた。

静貴はそのまま会社へ行き、仕事をする予定らしい。


「失礼します。紅月さま、ただいま戻りました」


紅月が休む客室に戻ると、彼の姿はベッドの上にあった。

梔子の声を聞いて、紅月は少しだけ身を起こす。


「おかえり、梔子。すまないね、私の分まで、着替えを取りに行かせて……」


返ってきた声は力なく、明らかに弱っていた。

慌てて駆け寄っていくと、紅月の顔色は、今朝見た時よりもずっと悪くなっている。


「紅月さま。お医者さまからいただいた薬は飲みましたか?」

「……さっき、飲んだばかりだ。たぶん……しばらく待てば効いてくるとは思うが」

「一度、熱を測らせてもらってもいいですか?」

「ん……」


ただ返事をするだけでもつらそうだった。

貸してもらっていた体温計を紅月に渡し、口にくわえてもらう。

しばらく待って確認すると、思った通り、体温計は高熱を示していた。


(……今朝は、熱が下がっていたはずなのに)


おそらく薬の効果が切れると、また熱が上がってしまうのだろう。

とにかく、熱が下がり、傷が癒えるまで、彼にはよく眠って休んでもらわなくてはならない。


けれど、その前に。


梔子はソファの上に置いていた風呂敷包みを一瞥した。

包みの中には、屋敷から持ち出した着替えが入っている。


(……紅月さまに、着替えてもらわなくては)


熱のせいで、彼の身体や着ている服は汗に濡れていた。

濡れた服を着続けていては、身体が冷えてさらに体調を悪くしてしまうだろう。


だから、再び眠る前に、なんとか着替えをしてもらわなければいけないと思った。


しかし。


「梔子……?」


迷っていると、考え込んでいる梔子を怪訝に思ったのか、紅月が声をかけてきた。


「どうか……したのかい?」


梔子が見てきた紅月は、不調を押し隠そうとする人だ。

つい昨夜だって彼は、本当はなかなか薬が効かずに苦しかったはずなのに、最初は嘘をつき、平気なふりをしようとした。


にもかかわらず、今の紅月は口数も少なく、ぐったりと横になったままだ。

もはやごまかしきれないほど、身体がつらいのだろう。


身体を拭いて、包帯を取り替え、着替えをして。

ただ身を起こすのさえつらそうにしている今の彼に、そこまでのことができるか。


……やがて、梔子は決めた。

不思議そうに梔子を見上げてくる紅月に向き直り、切り出す。


「紅月さま。もし、少しだけでも起きられるのであれば、これからお身体を拭かせていただいてもいいでしょうか。着替えも、私に手伝わせてください」


紅月は息を詰め、驚いた瞳で梔子を見つめてきた。


その反応に、梔子も心を乱される。

努めて平静であろうとしたのに、どうしても頬が染まるのを感じた。


身体を拭き、着替えをするのを手伝う。

そうなれば、どうしたって紅月に素肌を見せてもらわなければならないのだから。


だが、しばらくして紅月が口にしたのは、遠慮の言葉だった。




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