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十四.ここにいて ―6


翌朝。

食事を運んできた使用人とともに現れたのは静貴だった。

洋装をまとい、カンカン帽と鞄を手にしているあたり、これから仕事先へ向かうのかもしれない。


紅月の体調が戻らないことを見て取ると、静貴は一つの提案をしてきた。


「紅月。梔子さん。きみ達はしばらくここで過ごしたまえ」

「ここ……? 静貴、それはどういう」

「きみが回復するまでこの藤川邸で面倒を見るということだ。梔子さん、食事を終えたら、少し僕に付き合ってくれないか。きみ達の家まで連れていくつもりだ。その時に、数日分の着替えを取ってきたまえ」


静貴の言葉に、梔子は紅月と目を見合わせる。

けれどまもなく、紅月は渋面になって言った。


「いや、静貴。お前も聞いていただろう。傷は三、四日もすれば塞がると。それに、年明けまでに片さなければならない依頼だってあるんだ。いつまでもここにいるわけには……」


すると静貴は、心底呆れたというように眉間を押さえ、首を横に振って言った。


「紅月。きみはもっと、事の重大さを理解すべきだと思うがね。昨夜、きみは何をされた? 危うく殺されかけたのだぞ。そのふらふらの身体でここを出て行ってみたまえ。屋敷に帰り着く前に後ろから刺されたくなければ、黙って僕に従うことだ」

「だが……それでは、お前やここにいる人達にまで累が及んで……」

「ならば隣を見てみるといい。梔子さんがどんな顔をしているかを。今のきみが、彼女にどれほど心労をかけているかをね」


再び、紅月と目が合う。

彼は息を呑むと、苦しげな表情を浮かべて口をつぐんだ。


やがて彼は絞り出すような声で梔子に謝ってくる。


「……すまない、梔子。私は……貴女のことを考えずに」

「いいえ。紅月さま」


静貴の言うことは、もっともだった。


紅月は何者かに狙われたのだ。

そんな彼をかくまえば、もしかしたら静貴やこの屋敷にいる人々にまで危害が及ぶかもしれない。


それを思えば、梔子だって心苦しい。

けれど、また紅月が狙われるかもしれないと考えれば、静貴の厚意に頼らずにはいられなかった。


静貴の前で居住まいを正すと、梔子は深々と頭を下げる。


「静貴さま。ご迷惑になってしまうことは承知の上です。それでも……どうか、数日の間、こちらで過ごさせていただけませんか」

「むろんだ。……ほら、紅月。きみも彼女を見習って、時には他人に甘えることを覚えるべきだ」

「静貴……」


しばらくして。

ようやく紅月は考えを改めたらしかった。


言いにくそうに、彼は答える。


「……わかった。静貴。ここで……世話にならせてもらう。すまないが」

「ふん。最初から素直にそう言っていればいいのだ。まだ熱が下がっていないのだろう。ここで大人しくしていたまえよ。ああ、それから、後で依頼人の一覧を僕によこすといい。僕の方で連絡をとっておく」


そう言って、静貴は去っていった。

食事を置き、使用人も部屋から出て行くと、部屋にはまた二人だけになる。


「……相変わらず、あいつはおせっかいだ」


苦々しい表情のまま、紅月がぼそりと呟く。

どうやらよほど、静貴の世話にはなりたくなかったらしい。


「ですが……」

「わかっているよ。……私は、よい友人に恵まれたのだって。まあ……あいつには、口が裂けても言えないが」

「いつも、思わずにはいられないのですが……面倒見のよいお方ですよね、静貴さまは」

「よすぎるんだ。本当に、昔からあいつは何も変わらない……」


とにかく、これから数日、藤川邸で過ごすことが決まった。


静貴によれば、今日の早いうちに警官が事情を聞きに来るらしい。

紅月を襲った犯人が、捕まらなかったら。

もし、再び、紅月が狙われるようなことがあったら……


不安はどうしたって尽きない。

それでも、梔子にはどうすることもできないのが、もどかしくてならなかった。


食事をすませ、支度を終えた頃、静貴が梔子を迎えにやってきた。

彼が使用人に出させた車に乗り、屋敷へと向かう。


年の瀬の街中は、いつもより明らかに人通りが多く、賑やかな様子だった。


やがて、車は目的地へたどり着く。


「さて、梔子さん。急がなくていいから、必要なものを持ってくるといい。手が要るようであれば言ってくれたまえ」

「ありがとうございます。それでは、行ってまいります」


風呂敷を持って車を降りるやいなや、真冬の寒さが身にしみた。

屋敷の屋根も、庭も、昨夜の間に降った雪にうっすらと覆われている。

何もかもが、真っ白だ。


だからこそ。


門をくぐり、玄関へ。

その先で目に飛び込んできた光景に、梔子はたまらず悲鳴を上げてしまったのだった。


「どうしたのだね、梔子さん!?」


悲鳴を聞きつけたのか、すぐに静貴が駆けつけてくる。


静貴もまた、まもなく事態を理解したらしい。

梔子の横で、彼も慄然とした様子で立ち尽くす。


「な……何なのだ。いったい、これは……」


あたりに立ち込める、生々しい血臭。


真っ白な雪の上に飛び散っていたのは、赤い、赤い飛沫だった。

玄関前には、複数体の動物の死骸が、生ごみと一緒になって転がっていた。




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