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十四.ここにいて ―4


「……すまない、梔子。たぶん、私がうなされて、騒いでいたから……それで、貴女を起こしてしまったんだね」


ふるふると首を横に振って、梔子は答えた。


「いいえ。実は、なかなか眠れなくて、ずっと起きていたのです。それより、早くこの薬を……熱を出していらっしゃるようでしたから」

「熱……?」


言われて初めて気がついたのか、紅月は自身の額に手を置いた。


「ああ……。どうりで、いやに身体が怠いと思った……」

「今、明かりをつけますね。そういえば、水差しが……」


夜目を頼りに壁にあった切替釦(スイッチ)を探し、シャンデリアの明かりをつける。


静貴が気を利かせて用意させてくれていたのか、テーブル上には水差しとグラスも置いてあった。


グラスに水を注ぎ、身を起こした紅月のもとへ持っていく。

薬とともに冷えた水を飲むと、ようやく人心地ついたらしい。

彼は深く息をついた。


「もう少しお飲みになりますか?」

「いや、もう大丈夫だよ。ありがとう。こんな夜遅くに、面倒をかけたね」

「いいえ……」

「おやすみ、梔子。私は大丈夫だから、もう眠って。今夜はずいぶん冷え込んでいるようだしね」


紅月のことは、とても気がかりだった。

けれどこれ以上、梔子にできることはない。


できるのはただ、薬が効いて、今度こそ彼が悪夢にうなされずに眠れるよう、祈ることくらいだ。


まだ夜中だ。朝は遠い。


再び明かりを消してベッドに戻ったけれど、紅月のこともあって眠気は完全に吹き飛んでしまい、梔子は早々に眠ることをあきらめた。


もう、このまま朝まで起きていよう。


それにもしかしたら、薬が効かずに、紅月の体調が悪くなることもあるかもしれない。

梔子が起きていれば、すぐに気づいて、助けを求めにいけるだろうから……


そう思い、もう何度目になるのか、毛布の下で寝返りを打った時のことだった。


「……梔子。もしかして……まだ、起きているのかい?」


暗闇の向こう。

隣のベッドから聞こえてきたのは、紅月の声だった。

何かあったのかもしれない。


「はい。どうかなさいましたか? やはり、体調が……」


梔子はすぐに身体を起こして、紅月のもとへ行こうとした。

けれどすかさずそれを制して、彼は言った。


「ああ、いや。身体のことは大丈夫だよ。どうやら、さっきの薬が効いてきたようだから。ただ、貴女が眠れないでいるようなのが、気になったから……」

「あの……紅月さまも、寝付けないでいらしたのですか?」


そう尋ねると、梔子の予想は当たっていたらしい。

紅月は苦笑して、頷いた。


「眠ろう、眠ろうと思うと、余計に目が冴えてしまうものだね。……梔子。もし、貴女さえよければだが……どちらかが眠くなるまで、こうして何か話をしないかい? 話していれば、もしかしたらだんだん眠気を感じてくるかもしれないし」


紅月の申し出は、願ってもないものだった。

このまま朝までじっとしているのは、正直なところ、つらいものだ。


……紅月には、できればゆっくり休んでいてほしいけれど。

彼もまた眠れないというのなら、誘いを断る理由はない。

梔子は頷いた。


「……はい。私も、あなたとお話ししていたいです」

「そうか。それなら、よかった。だが、そうだな……こういう時は、何を話したらよいものか」


そう言われて、ふと、梔子は気づかされた。

普段、紅月とは何気なく会話を交わしていたけれど。


(……今年の、夏。八條のお屋敷を出たばかりの頃は、紅月さまに話しかけるだけでも、とても緊張していた……)


梔子はもともと、筋金入りの話し下手だ。


自分から話題を持ちかけるのは不得意だし、普通の人よりずっと口数が少ないことは自覚している。


それでも紅月といる時、会話に困ったことがなかったのは、彼がいつだって尽きることなく話題を持ちかけてくれていたからだ。


そうしていつしか、紅月に話しかける前に気を張ることはなくなったし、時を忘れて彼と他愛のない会話をできるようになっていた。


……けれど。

いざ、何でもいいから話をしようと改まって誘いかけられると、どんな話題を振ったらよいか、すぐには思いつかなかった。


(何か、紅月さまの気がまぎれるような、楽しい話題は……)


しばらくの間、懸命に頭をひねってみた。

しかし。

やがて梔子は、沈黙したままがっくりと肩を落とした。


(…………。何も、思いつかない)


本当は、尋ねたいことならあった。

怪我のこと。先ほどの悪夢のこと。


けれど怪我のことを持ちかければ、紅月はまた、心配要らないと答えるだけだろう。会話が広がるとは思えない。

悪夢のこともとても心配だったけれど、話題に出せば、彼に苦しい思いをさせてしまうかもしれないと思った。


黙り込んだ梔子を、怪訝に思ったのか。

ややあって、紅月が尋ねてきた。


「……? どうしたのかな、梔子」

「……ごめんなさい。何とかして、思いつこうとしたのですが……どうしても、よい話題が見つからなくて」

「話題……」


すると、暗闇の向こうで、紅月が笑う声が聞こえてきた。


「な、なぜ笑うのですか」

「それは……何だか難しい顔をして黙り込んでしまったから、どうしたのだろうと思って。でも、そうか。私のために、気の利いた話題をと頑張ってくれていたのか」

「…………」


やはり、紅月には何でもお見通しだ。

ばつが悪くなって俯いていると、彼は穏やかな声で言った。


「本当に……貴女のそういうところは、以前と何も変わらないな。昔から、いつだって一生懸命で……貴女の姿を見るだけで、励まされる。どんな時も……他の何を見たり、聞いたりするより、元気づけられるんだ」

「紅月さま……」

「梔子。……貴女に、頼みがあるんだ。もし、嫌でなければ……こちらに来てくれないかな」

「え……?」

「……貴女のそばで、寝たい」




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