十三.聖なる夜の誓い ―10
襟巻きにそっと目を落とす。
生成り色と茶色の毛糸を使って編んだ襟巻きは、ふわふわとして柔らかだ。
編む前に想像していたものに近い仕上がりになったと思う。
心を決めて、梔子は顔を上げた。
襟巻きを紅月の首にそっとかける。
巻き方も、毛糸を買った店の主人に教えてもらっていた。
襟巻きの両端を一周させ、前でまとめる。
長さも、長すぎず短すぎず、ちょうどよいくらいだった。
何とか形になって、梔子はほっと息をつく。
「でき……ました」
こわごわと紅月を見上げると、彼は襟巻きに手を触れて、嬉しそうに微笑んでいた。
「温かいな……。ありがとう、梔子。最高の贈り物だよ。これだけたくさん編むのは、きっと苦労しただろうに」
「いいえ。そんな……」
梔子は迷いなく首を横に振った。
(苦労なんて……)
毛糸を選んでいる時も、毎日時間を見つけては編んでいた時も、苦労なんて少しも感じなかった。
むしろ、紅月のことを想いながら編んでいる間は心が満たされて、楽しくて仕方がないほどだったのだ。
そうだ、と言って、紅月も持っていた鞄から何かを取り出そうとする。
「私も貴女に用意していたんだ。……これを。気に入ってもらえたなら嬉しいが……」
彼が渡してきたのは、小さな箱に収められた贈り物だった。
箱を開けてみると入っていたのは、銀色の彫刻細工で縁取られた、小物入れのようなものだった。
「これは……」
小物入れの蓋を開いてみる。
その瞬間、小物入れの中から聞こえてきたのは美しい音楽だ。
きらきらとした透明感があって、それはまるで、星々が歌っているような音色だった。
呆気に取られて音楽に聴き入っていると、紅月が小物入れに手を添えながら言った。
「オルゴールというんだ。昔は自鳴琴と呼ばれていたもので、ここにある螺子をこう……回すと、音が鳴る仕組みになっている」
「オルゴール……」
「蓋を閉めれば音楽は止まるよ。それで、もう一度開けるとまた流れ出す」
本当に、いつまでも耳を傾けていたいくらいに優しく、澄んだ音色だった。
梔子のために彼が用意してくれていたのだと思うと、温かな喜びが内から込み上げてくる。
「紅月さま。ありがとうございます。こんなに素敵な贈り物……ずっと、大切にします」
「気に入ってくれたならよかった。……だがオルゴールは、言ってしまうと入れ物のようなものなんだ。今から渡すのが、本当に貴女に渡したかったものだから」
「え……?」
「左手を出して」
わけもわからず、梔子は紅月の前に左手を差し出した。
すると彼はその手を取って、
「これを、貴女に」
薬指にそっと嵌められたのは、美しい銀色の指輪だった。
指輪の中央には、雪の結晶を思わせるような、ほのかにきらめく宝石が連なっている。
「この指輪、は」
指輪を食い入るように見つめながら、思い出したのはどこかで耳にした外つ国の話だった。
外つ国には、夫婦が揃いの指輪をつけて過ごす風習があるのだと……
「結婚指輪……というのは、貴女も聞いたことがあったかな」
「はい。外つ国では、結婚したら夫婦で指輪をつけて過ごすものだと……」
それなら、と思い至る。
「紅月さまの指輪も、今ここにあるのですか?」
「ああ。……もしかして、貴女がつけてくれるのかい?」
「はい。よろしい……でしょうか」
尋ねると、紅月は二つ目の指輪を取り出した。
梔子のものよりも幅があり、装飾は簡素だけれど、一目で対の指輪だとわかる意匠だった。
……夫婦。
これからずっと、夫婦の証しとして身につけていくものだ。
そう思うと、どうしようもなく嬉しくて、幸せで、頭がどうにかなってしまいそうになる。
受け取った指輪を紅月の指に同じように嵌めると、彼はほのかに頬を染めて笑ってくれた。
「これで、お揃いだね。本当は、こういうものは祝言の時に渡すものなのだと思うけれど、どうしても待ちきれなくてね」
「紅月さま。ありがとうございます。私……今夜のことは、きっと忘れません」
「梔子……」
そのまま、互いに引き寄せられるように抱きしめ合う。
まるで祝福するかのように、空からは真っ白な雪が降っていた。
「梔子。……愛している。これからもずっと……私のそばにいてくれるかい」
「はい。私も、紅月さま……あなたのことを、愛しています。ずっと、おそばにいさせてください」
幸せな、幸せな夜だった。
このままずっと、この幸福が続いていくのだと、梔子は疑いもしていなかった。
それなのに――
「さて、すっかり遅くなってしまったね。そろそろ帰らなければ」
「はい」
電飾の灯る広場をしばらく見物した後、梔子は紅月とともに帰途についていた。
聖誕祭の夜だ。
いつもはとっくに閉まっているような店にも今夜は明かりがついていて、人通りもまだずいぶんと多かった。
賑やかな雑踏の中を、はぐれないように手をつないで歩いていく。
――それは、あまりに突然の出来事だった。
前の方から、急ぎ足で歩いてくる人の姿があった。
目深に被り物をしていたから、人相はわからない。
その人物に気づき、道を開けようと、梔子を促しながら紅月が動いた瞬間だった。
「…………!」
すぐ間近で、紅月が短く息を吸う音が聞こえた。
急に歩みを止めた彼に、梔子も異変に気づく。
「紅月さま……?」
やがて、目にした事態に。
「――……っ!!」
梔子がたまらず悲鳴を上げようとしたのを、紅月がすかさず手で塞いで制した。
彼は首を横に振り、小声で言った。
「……大丈夫だ。だが、すぐにここから離れよう」
「…………!」
医者を、と目で訴えた。
けれど紅月は大事になるのを避けるためか、この場を離れることを優先したいらしい。
(紅月さま……!)
脇腹を手で押さえながら、紅月は何ともないふうを装って歩を進めていく。
その手からは、じわりと赤い血が滲み出していた。