二.優しさといたわりと ―3
「梔子?」
不思議そうな声を上げる紅月に、梔子ははっと顔を上げた。
……つい、昨夜のことを思い返してしまっていた。
頬に上っていた熱を振り払うように首を振ってから、紅月に謝罪する。
「申し訳ありません、ぼうっとしてしまって……。その……着心地は、とてもいいです。本当に、ありがとうございます。この着物は、紅月さまが……?」
尋ねれば、彼は少し決まりが悪そうに微笑み、頷いて言った。
「急いで見立てたものだから、貴女に気に入ってもらえるか自信がなくてね。でも、気に入ってくれたのならよかった。少しでも喜んでもらえたなら嬉しいよ。さて、お腹も空いているだろう。さっそく食べようか」
紅月に勧められ、向かい合うようにして用意された膳の前に座る。
白米の盛られた茶碗に、ふわりと温かな湯気の立つ味噌汁。
奥に並んだ二つの小皿はそれぞれ、かぶの漬物とひじきの煮物だ。
昨夜、梔子はどうしても気分が優れずに、夕餉を断っていた。
そのせいもあるのか、今頃になって急に食欲が湧いてくるのを感じた。
食べ物を求め、着物の下できゅうとかすかにお腹が鳴る。
「いただきます」
味噌汁を一口含んだ途端、その温かさに、梔子は思いがけず胸を打たれた。
もうずっと、梔子が口にできるものと言ったら、冷えて固まったご飯やしなびた野菜の切れ端など、使用人達の食事の残り物ばかりだった。
だからこんなふうに温かなものを食べたのは、まだ両親が生きていた頃以来のことだったのだ。
あまりにおいしくて、つい一口ごとに箸を止めてしまう。
白米はもっちりとして、噛むごとに甘みが広がる。
昆布やいりこでじっくりとだしをとっているらしい味噌汁は、大根や人参、さやいんげんなどたくさんの野菜が入っていて、ほっこりとした素朴な味わいをしていた。
食べ進むごとに、それまで冷えきっていた身体の芯がぽかぽかと温まっていくのを感じる。
しばらく経って、梔子の目は紅月の膳の上に留まった。
彼の前にあるのも、梔子の朝餉と同じものだ。
しかしどの皿の料理も、まったく箸がつけられていないように見える。
それに気づくや、梔子はさっと顔を青ざめさせて箸を止めた。
家の主より先に食事に手をつけるなど、非礼にあたると思い至ったからだ。
「……っ、も、申し訳ありません! 大変な失礼を……!」
「え? 失礼? ……ああ、いいや、梔子……!」
けれど、とっさにその場に伏して謝ろうとした梔子を、紅月が慌てて止めに入る。
「どうか謝らないでくれないか。私がつい手を止めてしまっていただけなんだ。貴女がとてもおいしそうに食べてくれるものだから」
「え……」
「……私が作ったんだ。だから、貴女の口に合わなかったらと心配だった。でも、貴女がそんなふうに食べてくれて、嬉しかった。私の方こそ、貴女の食べる姿をじっと見たりして、ぶしつけなことをしてしまったね。すまない」
「い、いえっ……!」
逆に謝ってくる紅月に、梔子は慌てて首を横に振った。
何か言わなくてはいけないと思った。
紅月が謝る必要なんてあるわけがない。
梔子のために朝餉を作ってくれた、彼に伝えたいのは――
「その……ありがとうございます。本当に、おいしくて……こんなに温かくておいしい食事を、いただいたことがなかったから……」