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十三.聖なる夜の誓い ―9


それから梔子は、紅月と帝都の散策に出た。


百貨店では、広い店内に並んだ色とりどりの品々を眺めて。

その後は劇場に行って、近頃流行りの活動写真を楽しんだ。


そうこうしているうちに、時間はあっという間に過ぎていき……


「あれは……」


喫茶店を出てまもなく、梔子は目の前に広がっていた光景に思わず声を上げてしまった。


外はすでに夜のとばりが降りていた。

うっすらと明るい空からは、ほのかな白い光を帯びながら、柔らかな雪が降ってくる。


けれど何より、目を引いたのは――


隣に立った紅月が、近くの建物を見上げながら言った。


「聖誕祭の飾りつけだ。前に見た時よりも、ずいぶん華やかになった」

「…………」


声を出すこともできないくらい、梔子は目を奪われていた。

だって、大通りに並んだ建物が皆、華やかな電飾によってきらきらと輝いている。


それはまるで、夜空から幾千もの星々が降りてきてくれたかのような光景だった。


聖誕祭。

それはこの十数年のうちに、外つ国から伝わってきた行事なのだという。

救い主の誕生を祝い、聖樹に飾りつけをしたり、親しい人に贈り物を渡したりするらしい。


聖誕祭を祝う街を歩くのは、初めてだった。

光に溢れる街を歩いていると、だんだん夢幻の中にいるような心地になってくる。


しばらく歩いていると、紅月が立ち止まり、梔子に視線で示してくる。


「梔子、見て。あそこにサンタがいる」

「あ……本当ですね」


紅月の眼差しの先にいたのは、街角に立つ赤い服を着た老爺だ。

服だけではなく、帽子も赤い。

真っ白な長いひげに覆われた口元は、穏やかに微笑んでいた。


老爺のまわりには赤ら顔の子ども達が大勢集まり、その一角には賑やかな笑い声が響き渡っている。


「昔……雑誌の記事で見たからと言って、父さまがサンタの格好をして、贈り物をくれたことがありました。その時のことを、思い出してしまいますね」

「智行先生が? ああ、確かに、あの先生はそういうのが好きそうだったな。たぶん、何か行事があるたびに誰よりもはしゃぐ人だっただろう、あの人は」

「そうですね。節分の時なんかは、進んで鬼の役をやってくれて。私や近くに住んでいた子達みんなで豆を投げつけると、大げさなくらい叫び声を上げて……」


そうして、とりとめのないことを話しながら。

いつしか、たどり着いたのは電飾に囲まれた明るい広場だった。


……ここなら。

梔子は鞄にずっと入れていた包みのことを思い出した。


「あの、紅月さま」


鞄に手を入れて取り出したのは、包装紙にくるんだ贈り物だった。


包みの中に入っているのは、聖誕祭の日に向けて、紅月に知られないようにひそかに準備していた品だった。


……気に入ってもらえるかしら。

緊張しながらも、梔子は包みを彼に差し出した。


「ほんの少しですけれど……日頃の感謝を込めました。開けてみてくださいますか?」

「梔子……」


紅月は包みを受け取ると、そっと封を切って中に手を差し入れた。

梔子は固唾を飲んでそのさまを見守っていた。

やがて彼の手によって取り出されたのは、


「これは……襟巻きかい?」

「は、はい」


聖誕祭の夜に向け、梔子が紅月のために用意していたのは毛糸で編んだ襟巻きだった。


紅月が外出している間や、夜、彼が部屋で休んでいる時に、少しずつ編み進めてきた。


梔子にとって、編み物は初めての経験だった。

本や雑誌で編み方を調べ、どうにか聖誕祭までに仕上げることができたのだ。


初めてにしては、よくできたのではないかと思う。

それでも、紅月の反応を待つ間は、心臓がずっと鼓動を打ちっぱなしだった。


「もしかして、これは貴女が編んで……」

「……っ! あ、あの! やっぱり、下手でしたよね。本当は、こういうものはもっと練習を積んでから作って、お渡しするべきでしたのに。ごめんなさい、それはやっぱり、お返しいただいて」

「梔子」

「ご、後日、改めて別の品を」

「梔子。大丈夫だよ。少し、落ち着いて」

「あ……」


なだめるように頬に口づけられた途端、一気に身体の力が抜け、顔が熱くなってくる。


紅月は梔子が落ち着きを取り戻したのを見て取ると、襟巻きを梔子の手に渡してきて言った。


「この襟巻き。貴女が私にかけてくれるかな」

「え……?」

「ちょうど首回りが冷えると思っていたところだったんだ。だから、いいかな」

「…………」


紅月は襟巻きをかけやすいように、膝を折って梔子の身長に合わせてくれた。

梔子は信じられないような気持ちで紅月を見つめながら、尋ねずにいられない。


「み……身につけて、くださるのですか……?」

「当たり前だろう。せっかく貴女が編んでくれたのに、まさか部屋に飾るだけで終わりにするわけがないじゃないか」


夢みたいだ、と梔子は思った。


もちろん、紅月が普段使いできるようにと、思いを込めて編んだものではあった。


彼が好んで着る落ち着いた色合いの長着に合うように。

市に毛糸を探しに行った時も、仕上がった時に温かく肌触りのよいものをと、店の主人に種類を教えてもらいながら買い求めた。


それでも、本当に身につけてもらえることが信じられなくて、本当にいいのかというように紅月を見つめ返さずにいられない。



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